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ブーメル・クワンガーがイレギュラーになった理由 シグマから貰った力は絶大だった。
エネルギーが身体中に溢れてくる。
意識もはっきりとしている。全てが一際明るく見えた。
「すごい……。これが俺の求めていた………」
消えかけていた命の灯火が勢いを取り戻した。
クワンガーは命溢れる自分自身に満足する。
「どうだ、ビートブード。すごいだろ? 俺は命を取り戻したんだ!」
「………」
だが、ビートブードの表情は暗い。
生まれ変わったクワンガーを目の前にして、彼は困惑する。
違う。何かが違う。
「兄貴……。一体どうしちゃったっていうんだよ……」
「んー? どうもこうもしないさ。シグマ様は俺の願いを叶えてくださったんだ。だから俺はあのお方の力になる。戦争っていうのも面白そうだしな。お前も来るか?」
「………」
このときばかりは、兄が恐かった。鬼のように見えた。
兄と一緒にいたいけれど、その手に引かれれば自分も鬼となってしまう。そんな気がした。
それに、自分はイレギュラーハンターだ。いくらシグマが直属の上司とはいえ、ハンターの誇りを忘れていては――イレギュラーになってしまってはいけない。
いつしか言っていた兄の言葉が思い出される。
『キミはキミの任務をちゃんとこなしなさい。私がいなくても、一人前の立派なハンターになれるように……』
兄はこのことを予感していたのだろうか。離れ離れになることを――。
クワンガーはさらに続ける。
「どうした、ビートブード。何を躊躇ってるんだ? 俺と一緒にいたいんだろう? だったら来いよ。楽しくやろうじゃないか」
クワンガーの一人称が『俺』に変わるとき、それは彼の本心だという。
本当にこれが彼の本音だろうか。
ビートブードは震える手で、クワンガーの差し伸べる手に近づく。
これでいいのだろうか。これで自分も『鬼』に――。
『キミはキミの任務をちゃんとこなしなさい』
ビートブードの手がぴたりと止まった。一歩後ろに後退り、頑なに頭を左右に振る。
「やっぱダメだ! オレは……オレは……っ!」
昔の兄の言葉が、ビートブードを縛り付ける。彼はその場でガックリと膝を落とし、頭を抑えた。
クワンガーは弟の態度をじっと見つめる。
ふと、彼の表情に柔らかさが戻った。
クワンガーは視線を落とし、いつものような丁寧口調で話す。
「……強くなりましたね、ビートブード。いいんです。それでいいんです。キミはキミの信じるままでいてください。決して、私のようになってはいけませんよ」
クワンガーはビートブードを後ろから腰に手を回した。弟の背中はとても広くて温かかった。甘えられるのも今日で最後と決意し、クワンガーは別れの言葉を言い放つ。
「さようなら、ビートブード」
このとき、ビートブードには兄が泣いているように見えた。
運命はたった2人の兄弟を真っ二つに切り離す。
クワンガーは闇となって消えていった。シグマの手先となり、『鬼』となっていくのだろう。
やっぱり兄は、自分の信じていた愛しの兄だった。
自分を取り戻すため、戦わざるを得なくなった兄。
命を手に入れるために、全てを売り払ってしまった兄。
彼は自由な思想を持っていた。何者にも彼の領域を侵すことはできなかった。
一番近しい自分でさえ、彼を全て理解するのは難しい。
そんな兄だけど――自分にはとても優しかった――。
「兄貴ぃ……」
ビートブードは自分の両手に失った存在を思い浮かぶ。
「兄貴ぃぃぃ…………」
今から行けば、間に合うだろうか。
やっぱり一緒じゃなきゃやだ!
「兄貴ぃ……。オレ、兄貴の言うこと守れないよ。だってオレは……オレは………兄貴と一緒にいたいんだっ!!!!!!」
正義なんてどうだっていい!
兄は自分の命を手に入れるために、魂を売った。
ならば自分は、兄をこの手に掴むために――!
ビートブードは駆け出した。クワンガーを探すために。彼に会うために。ずっと一緒にいられるために。
塔は高く聳え建っていた。
見上げると空までにも届きそうなくらいの高さ。
天空を駆る者たちが上空から見降ろすと、塔はちっぽけな存在に映るのだろうが、地上にいる者が下から見上げると、神が住んでいるのかと思われるほどの壮大な塔になる。
エックスは要塞に作り変えられた塔の中に乗り込み、トラップを潜り抜けて最上階へと目指していった。
最上階の司令塔を壊さなければ、街全体が焼き払われる。なんとしても阻止しなければならない。
しかしそこには、思わぬ敵がエックスを待ち構えていたのであった。
カッターは鋭くエックスの肩を抉った。
突然の奇襲。見えない敵――。
彼は暗闇の中から現れた。まるで忍者のように。
「こんにちは、エックスくん。私を――覚えていますか?」
赤いボディ、長身痩躯の体型、頭部に備えられた2本の角。
彼は――――。
「ブーメル・クワンガー!? どうしてキミがこんなところに……!?」
エックスは体勢を立て直して、クワンガーに向き合う。
だが、クワンガーは奇声を上げて笑い出した。
「あはははは! 決まってるじゃあないですか、そんな理由! 面白そうだと思ったからですよ!」
「ふざけるなっ! これは遊びじゃないんだ! たったそれだけの理由で、街の人たちがどれだけ苦しめられてきたと思う!?」
「……そんなこと、私には関係ありませんよ。人の気持ちなんて、分かりませんから。キミにだって、私の気持ちは分からない。私は私でしかない。自分を大切にして何が悪い!?」
次の瞬間、クワンガーの姿がエックスの視界から消えた。
得意の瞬間移動術。現れるのはどこか。
「私は今、最高にいい気分ですよ」
背後から殺気――!
クワンガーは2本の角でエックスの脇腹を掴み、天井へと叩き上げる。
「ぐ…っ!」
勢いよく飛ばされたエックスは、天井に背中を打ちつけ落下する。
タイミングを見計らって、クワンガーは落ちてきたエックスのボディを廻し蹴りで蹴り飛ばす。
エックスは壁に叩きつけられ、そのまま倒れた。
「おやおや、もう終わりかい? キミでは、私の遊び相手には役不足だったかな?」
クワンガーは余裕の表情で腕をぐるぐる回す。ウォーミングアップを軽く済ませた後のように。
だが、エックスはまだ諦めていない。
渾身の力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。
「まだまだだ!」
「……そうでなくっちゃ。もっと私に生きる喜びを与えてください」
クワンガーはまた目の前から消える――いや、急接近してくる!
速い! 何とかしなくては――!
エックスは背後の壁に足を掛けた。そして壁を三角跳びでトントンと登っていく。
クワンガーの動きが止まった。
「なるほどね。そうやって避難しましたか。しかし……」
クワンガーは頭の角を取り外す。特殊武器『ブーメランカッター』だ。
「逃げてばかりでは、私に勝てませんよ!」
『ブーメランカッター』がクワンガーの手から投げられた。鋭い刃が高速回転してエックスの足を狙う。
「……っ!?」
エックスの左足がカッターによって分断された。バランスを崩し、壁から足が離れて落下する。
「うわあっ!」
やはりクワンガーは手強い。これが特A級ハンターの実力。
(ここで諦めちゃダメだ! クワンガーを倒さないと、街の人たちが――!)
エックスは考える。どうすれば、クワンガーの動きを止められるのか。どうすれば、クワンガーを捕えることができるのかを。
(目で追うからいけないんだ。気配を感じなきゃ! クワンガーの攻撃はカッターか体術のどちらか。見極めれば、チャンスは必ず生まれるはず!)
クワンガーはまた消えた。エックスは目を瞑って敵の気配を確かめる。
ブースターの音。地面を蹴る足音。
敵は―――背後だ!
エックスは振り向き、バスターを背後に構えた。
そこには、クワンガーの赤いボディが見えた。
「喰らえっ! チャージショットっ!!!!!!」
至近距離での高出力エネルギー弾。
クワンガーはエックスのバスターから放つ光の大砲を浴びた。ボディが焼かれ、穴が開く。
クワンガーは吹っ飛び、地面に倒れた。
(こんなB級にこの俺が倒される……?!)
油断したか――いや、これがヤツの本当の力だ。
やはり噂は本当だった。彼が伝説の英雄の後継者『ロックマンX』。
「……負けたよ、エックス。キミには完敗だ」
動力炉をやられたクワンガーは、もはや虫の息だった。
エックスは分断された左足を引きずって、クワンガーに近づく。
「クワンガー。一体何があったんだ。キミが弟を捨ててまで、シグマに加担した理由は一体……」
「………」
クワンガーは力なく微笑んで言った。
「そうか、キミには話していなかったっけな……。俺は故障持ちなんだ。あと半年しか生きられないそうだ。だから今を精一杯生きたかった……」
「クワンガー……」
エックスはクワンガーからその事実を聞かされてショックを受ける。
以前、クワンガーが倒れたあのとき、やはりクワンガーの身に何かあったのだ。
だが、自分には彼の思考が見抜けなかった。
クワンガーの寿命は短い。
エックスは何も知らなかった自分に悔恨する。
「ごめん……クワンガー……。おれ、何も知らないでキミを……。だけど……」
彼の取った行動は、決してよいことではない。シグマに賛同し、人間を滅ぼす計画に加担したのだから。
彼にとっての『精一杯生きること』は『戦うこと』なのだろうか。
エックスにはやはり、クワンガーが分からない。
弟よりも戦争を選んだクワンガーを。
「キミには分からないだろうね、エックス。ビートブードはいいヤツだけど、アイツは俺に依存しすぎた。このままだと、アイツは1人じゃ何もできなくなる」
クワンガーはエックスの心情を読み取ったか、こう答えて言った。
このときエックスは、初めてクワンガーの考えを理解することができた。
クワンガーがシグマ軍に入った本当の理由――。
彼には敢えてビートブードを切り離す必要があったのだ。自分が死んでも、立派に生きてくれるようにと、願いを込めて。
ライオンが自分の子供を崖から突き落とすように、クワンガーもまた自分の弟を突き放す。
イレギュラーとなり、弟と対極の関係になることによって。
「やっとアイツは俺から独立できたんだ。イレギュラーになった甲斐もあったというもの……」
クワンガーは目を細めて小さく呟く。
これで俺は安心して、消えることができる。
この世の幸福を味わえなかったのが唯一の心残りだったが、今さらそんなことはどうでもいい……。
アイツさえ生きていれば、俺は十分に幸せなことに気づいたから。
「エックス……すまないが、頼みがある。聞いてくれるか?」
クワンガーは朦朧とする意識の中、エックスを見上げて言う。
エックスはクワンガーの手を取り、黙って頷いた。
それを見届けると、彼は安らかに微笑んだ。
「弟に……伝えてくれないか? 俺の分まで生きてくれって……」
クワンガーの最期の言葉はここで途切れた。
握っていた手が、力なく床に落ちる。
彼は死んだ。
エックスはクワンガーの遺言を胸に刻み、涙を流した。
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