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ブーメル・クワンガーがイレギュラーになった理由 「兄貴ーーーーー!!!! どこにいるんだよ、兄貴ーーーーー!!!!!」
ビートブードは、クワンガーが塔を要塞に作り変えてるという情報を聞きつけ、塔の内部へと乗り込んだ。
そこには、数々のメカニロイドの残骸があった。誰かが通った後のようだ。
(イレギュラーハンターが兄貴を処分しようとしている!? やだ! そんなの絶対に嫌だ!)
ビートブードの胸中に不安が走る。その不安を抑え込もうと、兄の無事を祈ろうとする。
(兄貴は強いから、そこらのハンターにやられるわけないさ! きっと返り討ちに遭ってるよ。大丈夫さ!)
そう思ってもやはり不安は拭えない。何故なのか。何故なんだろうか。
「兄貴に会ったら、オレたちはずっと一緒にいられるんだ! オレ、もう兄貴を離さない! どんなことがあっても、絶対に、ずっと側に……!」
どうか生きてて欲しい。
それだけが彼の願いだった。
「兄貴!」
司令室の扉から、クワンガーの弟――ビートブードが現れた。
ビートブードは中央にいる見慣れた2つの影を見る。
1人はエックス。そしてもう1人は……。
「兄貴! 兄貴ぃぃーーーー!!!!」
ビートブードは、エックスの足元で転がっている兄の姿を見る。
それはまさに、無惨な遺体だった。
腹部に大きな空洞が開いている。そこから内臓のような機械とコードが剥き出しに広がっていた。
兄は―――死んだ。
自分の願いはよりにもよって、このB級ハンターに断たれてしまったのだ。
もう二度とあの頃には還れない。
「あ……ああ………………」
ビートブードは震えながら、兄の残骸を抱く。
冷たい。
「やだ………嫌だ…………! 嘘だ……! こんなのって……こんなことって…………!」
どんなことがあっても、兄の側から離れるべきではなかった。
言いつけを破ってでも、ずっと一緒にいるべきだったんだ。
こんなことになるくらいなら……。
「ビートブード……ごめん」
エックスは俯きながら、ぽつりと呟く。
だがビートブードには、エックスの慰めの声が、憎しみへと変換されて届いてしまった。
振り向き様に、鋭くエックスを睨みつける。その眼には、黒く淀んだ憎悪の色が浮かんだ。
「人殺し……!」
その言葉は、エックスの心に深く突き刺さる。
「あんたは人殺しだ! オレの兄貴を殺したんだ! たった1人のオレの大切な兄弟を……!」
ビートブードは両手を広げ、黒いエネルギーの塊を作り出す。
ビートブードの特殊武器『バグホール』。球状に広がった超重力亜空間地帯は、周りの物体を吸い込み、無に帰してしまうという。ただ武器が不完全なため、全てに通じるというものではないらしい。
だが、『バグホール』のエネルギーは強大であった。
「許さねぇ!! あんただけは許さねぇ!!!!」
『バグホール』はエックスへと投げられた。無限大の質量の詰まった重力エネルギーは、回転しながら目標へと向かう。
エックスは横に跳んで、『バグホール』をかわした。
「ビートブード、落ち着くんだ! おれを憎む気持ちも分かる! だけど……ああするしかなかったんだ!!」
「うるさいっ! あんたなんかに何が分かる! 兄弟もいないあんたなんかにっ!!」
―――キョーダイ!?
エックスの心が無意識に、遠い記憶の中を駆け巡った。
一瞬だけど、頭の中にヴィジョンが映る。
金髪のポニーテールの少女―――そして6人の―――。
「オレは兄貴の仇を討つ!! 死ねぇ! エックス!!」
ビートブードは突進してきた。
エックスはビートブードの角を掴み、攻撃を食い止めようとする。
そのとき、地面が突然上下に揺れた。
地震か!? いや、これは―――。
『EMARGENCY! EMARGENCY! 時限装置ヲ、セットシマシタ。爆発マデ、アト5分』
赤ランプが点灯した。無情な機械声が室内に響く。
エックスとビートブードは、そのままの姿勢で固まった。
「そんな……! 何も入力してないのに、何故……!」
だが、室内には一定間隔を置いてブザーが鳴り続ける。
「ビートブード! 戦いは後だ! 塔を降りよう!」
「……」
エックスはビートブードの腕を掴み、脱出するように促すが、ビートブードは銅像のように動かなかった。
彼の視線は壊れた兄の方に向いている。
「……」
「ビートブード! クワンガーはもう、いないんだ! こんなところにいたら、キミまで死ぬことになるんだぞ!」
「構うかっ!」
ビートブードはエックスの掴む手を振り払い、クワンガーの遺体へと走り寄る。
そしてぎゅっと、愛しの兄の亡骸を抱きしめた。
「オレは兄貴と一緒にいるんだ……。ずっと側にいるって誓ったんだ。だからオレも兄貴と同じところに逝くよ。待っててね、兄貴……」
ビートブードは恐らく、兄と共に死ぬ気でいるのだろう。彼にとっての心の拠り所を自分が奪ってしまったのだ。
しかしクワンガーは、ビートブードの死を望んでいない。一人になっても、立派に生き抜いて欲しいと言い残した。自分の分まで、生きてて欲しいと。
『爆発マデ、アト4分』
縦揺れがますます大きくなる。天井が崩れ始めた。早くしないと、この建物は完全に崩れる。
「………」
エックスは足音を立てないように、ビートブードの後ろに立った。気配を察知されないように、息を殺す。
(ビートブード、ごめんっ!)
ズンッ!
エックスの手刀が、ビートブードの首の付け根に入る。意識命令の伝達回路に一時ショックを与え、強制的に電源を落とすやり方だ。
ビートブードはクワンガーを抱いたまま、前のめりに倒れ込んだ。気絶は成功した。
『爆発マデ、アト3分』
時は刻々と迫っていく。エックスは気絶したビートブードを抱え、持ち上げようとした。だが、重い。
「くっ……くそぉっ……!!」
引きずりながら、司令室を出ようとする。
彼を死なせるわけにはいかない。これが、クワンガーの遺言なのだから。
しかし、エックスの努力を嘲笑うかのように、ある男の声がどこからか響いてきた。
『ふははははっ! 無駄だ、エックス! この塔の扉には全てロックを掛けて置いた!』
「何っ!?」
エックスは司令室の扉を開けようとするが、ガッチリと噛み合ってて開かなかった。
男の声は続く。
『あのクワンガーを倒したことには誉めてやろう。だが、ここまでだ。私の邪魔をする者は、どんな犠牲を払ってでも抹殺する。あの世で後悔するがいい!』
黒い嘲笑を残して、男の声は途絶えた。
「くそぉ! シグマか!!」
エックスは扉を懸命に開けようとする。だが、開かない。
『爆発マデ、アト2分』
時間はもうなかった。塔の揺れはますます激しくなる。
「おれは諦めない! 諦めるもんかっ!」
バスターを撃ち続けて、扉に穴を開けようとする。だが、頑丈に固められた鉄の扉は、バスターのエネルギーさえも弾き返してしまった。
『爆発マデ、アト1分』
時は無情に過ぎていく。絶望という名の死へのカウントダウン。
それでもエックスは諦めずにバスターを撃ち続ける。
生への執着。
クワンガーが生きることに執着していたように、エックスもまた、生に執着する。
諦めてはいけない。ここで死んではいけないのだ。
そのとき、希望は開けた。
「大丈夫か、エックス!!」
壁を打ち破る轟音と共に、赤い鎧の相棒は現れた。
端整な顔立ち、深い蒼の瞳、流れるような黄金の髪。
彼の名はゼロ。第17精鋭部隊の特A級のハンターであり、エックスの先輩だ。
「ゼロ!」
空が見えた。
大きな穴が空いた壁から覗く、透き通るような青い空。
ゼロの足元には、小さな空挺機が止まっていた。
「脱出するぞ、エックス!」
塔は爆発し、崩れ折れた。
エックスたちは間一髪、危機を逃れる。
気絶していたビートブードは意識を取り戻した。
壊滅した塔の前で、呆然と兄の墓を見上げる。
「どうしてオレを……兄貴から引き離したんだ……!」
ビートブードは塔の瓦礫を見つめながら、背後にいるエックスに問い掛けた。
その声には、怒りと憎しみがこもっている。
エックスは肩を落として問いに答えた。
「それがクワンガーの遺言だったから。キミだけでも生き伸びて欲しいって……」
「そうか……」
ビートブードはゆっくりと振り向いた。逆光のせいだろうか、ビートブードの表情がいつもより暗く見える。
だが、それは気のせいではない。眼だけははっきりと白く映る。憎悪の光を称えた鋭い眼つきで。
「エックス、オレは生きるよ。あんたをぶっ殺すまで、生きて生きて生き抜いてやる! オレは一生、あんたを許さないからな!」
これからの人生を全て、復讐に捧げたビートブード。
彼はそう言い置いて、エックスの前から姿を眩ませた。
『恨み』という呪いをかけられたエックスは、そのまま塔の前で立ち尽くす。
エックスの両目から涙が静かに溢れ出した。
こんな……こんなつもりじゃなかったのに。
皮肉にも、クワンガーの遺志はビートブードに伝わらなかった。
愛するが故の擦れ違い。
(エックス……)
金色の髪をなびかせて、ゼロは遠くからエックスの姿を見守っていた。
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