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管理人の小説

生長開花(前編)
スパイク・ローズレッドの変異過程


「……木々がざわめいている。この胸騒ぎは一体……」
「ジャングルをコントロールするユニットに、故障をきたしたのかしら? 兄さん、あたしがちょっと見てこようか?」
「リリー、あの場所は危険だ。最近、イレギュラーがあの周辺によく出没らしい。僕が行くよ。君はここで待っているんだ、いいね」
「ローズ兄さん!」
 リリーの兄、ローズは長い赤髪をなびかせ、ジャングルの奥へと入っていった。リリーは不安げに兄が向かった方向を見つめている。
 ローズとリリーは標準型レプリロイドだ。もともと専門に作られたわけではないので不便さはあるが、彼ら兄妹はジャングルの自然を保護する研究職に就いた。自然科学を学びながら、ボランティア活動もしている。
 だが、彼らにはイレギュラーを退治するほどの武力はない。武器といったら、護身用のスタンガンしか装備していないのだ。
 リリーはそのことが不安だった。このジャングル内でイレギュラーの発生率が大幅に急増している。もし兄が、大勢のイレギュラーに襲われたら……。もし兄が、ウィルスにでもかかってイレギュラー化したら……。
 リリーは淀む気持ちを抑えきれずに、ジャングルの中へと駆け込んでいった。
 この先に惨劇が待っているのも知らずに……。

−***−

 ローズはコントロールユニットに辿り着いた。蔦がユニットを守るかのように幾数にも取り囲んでいる。
(しばらく見ないうちに、こんなに植物が生えていたのか)
 辺りは草、草、草。隙間が見えないくらいに雑草が多く茂っている。ローズはこれらの雑草を掻き分け、なんとか自分のスペース確保した。
 ローズはさっそくユニットの調子を点検した。
(異常なほどの草の量。やはりユニットにウィルスが侵入したのだろうか……。それならば、取り壊すしかないかな)
 スパナを取り出し、解体しようとした瞬間、突然、蔦が彼を目掛けて伸び出してきた。
「!?」
 まるで意思を持つかのように、弦草が彼の手足に絡みつく。螺旋を描いて胴体までにも巻きつき、彼の身体は幾重もの緑の弦に覆われてしまった。
「な、何!? これもウィルスの現象!? まさか! 植物は機械ではないはず……。ウィルスで操れるわけがないのに!」
 すると、どこからともなく、『声』が彼の頭に響いてきた。
『オマエノカラダ、イタダク。ワタシ、ウマレカワル』
「僕の身体を吸収して、生まれ変わるって!? そんなことできるわけがない!」
 『声』の主はコントロールユニットのようだ。ジャングルの自然、草木の生態を操作できるユニットだからこそ、これらの植物を操れるということなのだろうか。
 暴走したユニットは蔦を自分の手足のように操作し、ローズの身体を締めつけた。
「ぐあああああぁぁぁ!!!」
 ぎしぎしとボディの砕ける音がする。もはや彼には逃れられる術はなかった。
 弦が糸を紡ぎだす。棘が針の役割をする。
 ぬいぐるみを縫うように、ローズの身体は弦と棘によって縫われ、新しく作り変えられた。
 これが『スパイク・ローズレッド』の誕生となる。

−***−

 リリーが辿りついたときには、もうすでに手遅れだった。
 彼女の兄は消えた。
 コントロールユニットは、もうその場所にはなかった。その代わりに、見慣れない大きな茶色い『種』がその場所を占めていた。
 『種』の大きさは横1メートル、縦40センチ、高さ40センチほどのものだった。いったい、どんな植物が生えるのだろうか。
 そのとき、『種』の殻にヒビが入った。割れ目から小さな手がひょっこりと飛び出す。手が出てきたと思ったら、今度は蕾のような頭が飛び出した。
 そして『種』は完全に割れた。
 出てきたのは、紅と緑に装飾された小さなレプリロイド。
 姿は幼いが、どことなく兄の面影を残している。彼はローズの生まれ変わった姿なのだ。
「ローズ……兄さん?」
 彼女は彼に声をかける。しかし彼はきょとんとした顔つきで、じっと佇んでいるままだ。もはや彼には彼女の記憶など、ない。
「キミは誰? ボクはローズ――スパイク・ローズレッド……」
 彼は完全に別人となった。前世の記憶を失い、彼は新たなレプリロイドとして誕生したのだ。ちなみに、この頃の彼は現在のローズレッドより姿が幼い。まだ成熟しきっていない、幼少期なのだ。
 リリーはショックのあまり、放心状態になっていた。もう彼は彼女の知っている彼ではない。
 ローズの意識と記憶はもう、消え去ってしまったのだ。
「や……やだっ! 兄さんが、兄さんがっ! ……あんたがあたしの兄さんを殺したんだね……。兄さんを返してよ! 返して! この人殺し! 『イレギュラー』!!」
 リリーは携帯通信機でイレギュラーハンター本部に連絡を入れた。
「もしもし! ジャングルエリアでイレギュラー発生! 突然変異のレプリロイドよ! 名前はスパイク・ローズレッド。このまま彼を放っておけば、ウィルスに代わる大きな脅威になる可能性があるわ! だから早く、彼を殺して!! 殺して殺して殺して殺して殺して……」
 そこで通信は途絶えた。彼女の首はローズレッドの鞭によって跳ね飛ばされた。
 ごろん、と首が落ちる。切り離されたにも関わらず、リリーの口はまだ動いていた。
「殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……」
 ローズレッドは無表情にその頭部を踏み潰した。ぐしゃっという音が小気味よくジャングルに響き渡った。

−***−

 あの時点での『イレギュラー』は彼女だった。兄を失ったショックのあまり、パニック症状を起こし電子頭脳に故障をきたしてしまったのだ。
 ローズレッドはその『イレギュラー』を破壊しただけだ。彼は『防衛反応』で彼女を殺した。しかし周りにはローズレッドが彼女に襲いかかったようにしか見えないだろう。
 だが、彼も『イレギュラー』だ。彼という存在を誕生させるために、もうすでにレプリロイド1体――『ローズ』を殺している。生まれながらにして、『イレギュラー』というレッテルを貼られる運命にあった。
 ローズレッドは常にイレギュラーハンターに追い回されていた。狩るか狩られるか。死と隣合わせの毎日だった。
「いたぞ、イレギュラーだ!」
「奴は火が弱点だ! 燃やせ燃やせ!!」
 敵は自分にバスターを向けてくる。なぜ自分は『イレギュラー』なのか。『イレギュラー』とは何なのか。幼い彼にはその理由も理解できぬまま、逃げ惑うしかなかった。自分の力ではハンターを返り討ちにするには不十分すぎる。武器は右手のロープだけ。鞭打つか縛るかくらいの戦力しかない。
「ついに追い詰めたぜ。さあ坊や、大人しくこっちに来な。優しく壊してあげるからね」
 辿り着いた先は崖だった。高さは60メートルほどある。ここから落ちれば、一溜まりもないだろう。
 ハンターたちはじりじりとローズレッドを追い詰める。ローズレッドは崖を背にハンターたちを睨みつけている。ここで戦うか、そのまま落ちるか。どの道助かる可能性は低い。
「坊や、これでジ・エンドだ。もう鬼ごっこは終わりなんだよ」
 バスターにエネルギーを溜めながら、ローズレッドに照準を合わせる。
 だがそのとき、ローズレッドの行動に変化が起こった。
(こんな奴らにやられるくらいなら……!)
 彼は崖へと方向を切り替える。そして土を蹴って、60メートル先の地面へとダイブしていった――。

−***−

 彼は『夢』を見ていた。
 2人の男女のレプリロイドが、自然を観察し、記録をノートに書いている夢。
 彼らは仲良く笑い合っている。恋人同士だろうか。いや、彼らは兄妹だ。華やかなボディの装飾が似ている。
 女の方に見覚えがあった。自分を『イレギュラー』と認定し、イレギュラーハンターに報告した、あのリリーとかいう女だ。自分の人生を狂わせた元凶だ。
 そうなると、隣の男は彼女の兄、ローズ――すなわち、自分の前身ということになる。自分の名前も彼から取った。
 ローズは繊細な顔立ちをしていた。リリーが慕うのも納得できるほどの美男子だった。背にかかるくらいの長い赤髪をそのまま垂らしている。
 ローズレッドはローズの姿に見とれていた。自分の原型となった彼。どういう人だったのだろうか、話がしたい。
 こちらの視線に気づいたのか、ローズはローズレッドに近づいてきた。彼はローズレッドの成熟しきっていない蕾の頭をそっと撫でる。
「君は僕、僕は君なんだね。脅えることはないよ。僕たちは一緒だ。君はもう、孤独じゃない。『2人いる』んだから」
 そう言った瞬間、辺りは急に真っ暗になり、ローズレッドは『夢』から覚めた。

−***−

 知らない部屋。知らないベッド。
 ここはどこだろう。
 ローズレッドは、ベッドから起き上がり、周りを見回した。木製の茶色に統一された部屋。扉までも木製だ。
 彼は扉を開け、廊下に出た。とても静かだ。
「誰か住んでいるのかなぁ」
 戸惑いながらも、廊下の先を歩いてみる。大きな2枚の開き扉が突き当たりにあった。彼は両手で扉を開ける。
 ギギギギギ……。
「あら、意識が戻ったんですね。元気になって、よかったわ」
 大広間に、女性のレプリロイドが彼を迎えていた。白い装束を着ている。シスター型のレプリロイドらしい。
 彼女はローズレッドに微笑みかけて、自己紹介した。
「私はエリーナ。この教会のシスターをしているの。よろしくね」
 シスター・エリーナは軽く挨拶をする。ローズレッドは半信半疑の目で微笑む彼女を見上げていた。
「……キミがボクを助けたの?」
「ええ。森の中を散歩してたら、あなたが大怪我して倒れているんですもの。私、びっくりしちゃいましたわ。でも大丈夫よ。私、こう見えてもメカニックの免許を持っているんです。手当てはもうバッチリですわ」
「……なぜ、ボクを助けた? ボクが『イレギュラー』だって知っているんでしょ!? 『イレギュラー』は排除の対象だって、みんな言ってる! ボクなんか生かしちゃってよかったの!?」
「神は誰の命も奪いません。私は神に仕える者として当然のことをやったまでです」
 エリーナはしゃがみこみ、憂いた表情で小さな身体のローズレッドをぎゅっと抱きしめた。
「可哀想に……。さぞや辛かったでしょうね。こんな幼子の命を奪おうとするなんて……」
 このとき、ローズレッドは初めて温もりというものを感じた。エリーナの優しさがとても温かかった。
 冷たい孤独の中で生き抜いてきたローズレッド。誰1人の味方もいない、周りはみんな敵だらけ。彼を処分することに一片の疑いも持たず、無慈悲に追いかけ回すイレギュラーハンター。優しさ、愛などというものとは、遠く掛け離れた世界で生きてきた彼。
 そんな彼に初めて愛情が与えられた。とても心地よかった。彼の頭の蕾が少し開いた。

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