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ヒャクレッガーとホーネックの事情 「ヒャクレッガー、お前の誓うべき相手は誰だ?」 「…………」 『コロッセウム』本部の拷問室で、ヒャクレッガーの手足は錠で縛られていた。 カオシードは右手にボウガンを装備し、矢先をヒャクレッガーに向けている。 「裏切り者め。死よりも重い苦痛と雪辱を味わせてやる!」 カオシードはボウガンを放った。ヒャクレッガーはとっさに避けようとしたが、脚が封じられているため、転んでしまう。カオシードはもがこうとするヒャクレッガーを見て、思いっきり笑い飛ばした。 「ふはははははは。矢を避けようとして倒れてしまうとはな! なんて無様な格好だ! 所詮貴様は虫ケラよ! ムカデはムカデらしく、地面に這いつくばっているがいい!!」 高らかな笑いが響き渡る。カオシードは、ヒャクレッガーに近づいた。背中の尻尾をむんずと捕まえる。 「そういえばこの尻尾、お前に『ウィルス使い』の能力を与えたのはこのわしだったな。わしを裏切るということは、その能力を捨てるということだ!!」 カオシードは力一杯尻尾を引っ張り、ぶっ千切った。 「ぐああぁぁ!!」 ブツンっという音と共に、彼の尻尾は背中から分離された。無理矢理切り離されたため、血管のような配線コードが傷跡からはみ出している。 カオシードは手に持っていた尻尾を後ろに投げ、ヒャクレッガーを蹴り飛ばした。床を転がり、背中に壁を着く。 「……うぐっ!」 「もう一度聞く。お前の誓うべき相手は誰だ?」 「……俺を殺せ。もう俺は貴様の下に従う気はない。俺の身は副隊長に捧げると決めたんだ」 「そんなにあのハチ公が大事か? このわしよりもあいつの方がいいというのか!? ぐぬぬぬぬ……。許せん許せん許せんっ!!! 貴様はわしの玩具だ、下僕だ、奴隷だ!! 意志を持つことが許せない! わしに刃向かうことが許せない!」 カオシードはさらに、ヒャクレッガーを蹴り続ける。4、5回蹴り飛ばしたあと、何を思ったか急にその脚を止め、ヒャクレッガーの顎をくいっと持ち上げた。 「そうだ。それならば、再びお前をわしのカワイイ人形にしちゃえばいいじゃないか。その電子頭脳を書き換えて、わしの忠実な僕にして、あのハチ公を壊しちゃえばいい。これでわしの気は治まるというもんよ。くっくっく……」 冷たい風が彼のボディを抉るように吹いている。 (今日は風が強いな。飛ぶのは止めた方が良いだろうか) そう思っているとき、彼の足元に見覚えのある影が浮かび上がった。 ぱっと背後を振り返る。そこには、彼がいた。 「ヒャクレッガー! 無事だったのか!」 ホーネックは歓喜の声を上げ、ここ数日、行方不明になっていた部下を迎えていた。 しかし、ヒャクレッガーに動きはない。月明かりの逆光のせいか、表情さえも隠されている。 「どうした? ヒャクレッガー。俺を忘れたってわけじゃないよな。無事に帰ってこれたんだから、もっと嬉しそうな顔をしろよ」 ホーネックはヒャクレッガーに近づいた。そのとき、黙っていた彼が初めて言葉を紡ぐ。 「サーチ・アンド・デストロイ!! サーチ・アンド・デストロイ!! 標的発見!! 見敵必殺!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!」 突然、彼は『マグネットマイン』をホーネックに投げつけた。追尾型の小型爆弾。ホーネックは『ボムビー』で迎え撃ち、弾を爆発させる。『マグネットマイン』は掻き消された。 「ヒャクレッガー!? お前、まさか……イレギュラーに!?」 イレギュラーはどんな事情であれ、倒さなくてはならない。それが、イレギュラーハンターとしての宿命。 (ヒャクレッガー……、あのときのお前の気持ちは嘘だったというのか!? だとしたら、俺はお前を……) イレギュラーを処分する。 ホーネックは羽を動かし宙を舞い、下腹部のタンクから針を突き出してヒャクレッガーを攻撃する。 今日は風が強い。 狙い通りにいかず、彼の攻撃は空振りした。 そのとき、隙ができた。チャンスと言わんばかりにヒャクレッガーは治った尻尾で、ホーネックを捕まえる。 「しまった!」 尻尾の刺を腰に突き刺す。ウィルスがホーネックの身体を駆け巡り、じわじわと体力を削り取る。 「…………っ!!!!」 声にならない苦痛が彼の全身を這い回る。と、思ったらそれは一瞬で、急に楽になり始めた。 ホーネックを捕まえていた尻尾に力が抜ける。彼はどさっと地面に降ろされた。 「……ヒャクレッガー?」 様子がおかしい。ヒャクレッガーはコンクリートに膝を着き、頭を抱えてもがきだした。 「……………………ふ、副隊長…………今のうちに………俺を………………殺して……くださいっ……………………!!!! ぐああああぁぁぁぁっ!!!!」 「ヒャクレッガー!!」 ヒャクレッガーは何者かに操られていただけだった。身体ではなく、心を操る何者か、『洗脳』とはそういうことだ。 『心を操る』、それはウィルスの為せる業。危険なプログラムが彼を操作させている。 ウィルスに冒されたら、それを治すのはワクチン。ワクチンもまた、プログラムの一種。 「そうか、お前はイレギュラー化を望んでいなかったんだな……。だったら俺がお前を助ける!! お前の心を取り戻してみせる!!」 ホーネックは『パラスティックボム』を取り出した。 『パラスティックボム』。コンピュータ搭載の小型爆弾。取り憑かれた敵は術者の思い通りに操られる。 ホーネックにとって、これは禁忌の特殊武器だった。心を操る特殊武器、それはレプリロイドの道徳に反すること。『ウィルス使いが嫌われる』ということも、その道徳に基づいての傾向だった。 しかしホーネックは、彼を治す手段はこれしかないと決意する。 「必ずお前を元に戻すからな。待ってろよ、ヒャクレッガー」 ホーネックはヒャクレッガーの額に『パラスティックボム』を取りつけた。こんな荒治療で成功するかどうかは分からない。もともと『パラスティックボム』は攻撃用の武器。ワクチンに成り得るかどうかは、賭けるしかなかった。 「俺は……助かったのか?」 ヒャクレッガーは身を起こし、自分の意識を確認する。確かに自分は正気に戻っている。 彼は側で倒れているホーネックに気がついた。なぜ彼は倒れているのか。ヒャクレッガーは恐る恐る声をかける。 「副隊長……! ホーネック副隊長!」 「……ん」 ホーネックはヒャクレッガーの存在に気づき、起き上がった。彼は呑気に腕を伸ばし、伸びをする。 「ふあー、疲れた。……おっ。ヒャクレッガー、元気そうじゃないか」 きょとんとした表情で、彼はヒャクレッガーを見つめ回す。 「よし、オペは成功ってところだな。うん、良かった良かった」 「……『オペ』って何のことっすか? 副隊長、レプリロイド医師の免許を持ってましたっけ?」 「いや、電子脳学の知識を少しかじった程度だ。あとは『パラスティックボム』の性能でお前の脳をいじらせてもらった。わりぃな」 「……いえ、むしろ感謝しています。俺を正気に戻らせてくれたのは、貴方のおかげですから……」 『オペ(手術)』は見事に成功した。ヒャクレッガーは自分の心を取り戻すことができた。ホーネックは満足げに、ヒャクレッガーの頭を撫でる。 「あんなことするの初めてだったからな、大変だったんだぞ。『パラスティックボム』を取りつけたあと、一生懸命ソースコードを組み立てて、不要なプログラムを排除し、修正していったんだからな。治すのに精一杯で、お前の可愛げのない性格を書き換える余裕もなかったよ」 「……副隊長、俺の性格を自分好みに変えようと思ったんっすか?」 ヒャクレッガーは不審そうな目でホーネックを睨みつける。ホーネックはでこぴんでヒャクレッガーの額を弾いた。 「阿呆。冗談に決まっているだろうが。人っていうのはな、思い通りにならないから楽しいもんなんだよ。マリオネットじゃ張り合いがないだろう? さあ、ハンターベースに帰ろうぜ!」 ホーネックは機嫌良さそうに、駐車場から羽ばたいていった。朝日が彼を眩しく照らす。 このときヒャクレッガーには、ホーネックが妖精のように映った。 ホーネックはハンターベースのロビーで、苛立ちを露にヒャクレッガーを責め立てる。 「お前を拉致し、洗脳した奴は誰だ。教えろ。俺がそいつをぶっ倒してやる!」 ホーネックはすでに戦う気満々だ。 しかし、ヒャクレッガーはどうやら教える気がないらしい。 「……副隊長。いくら貴方でも1人で立ち向かうには危険すぎます。相手は特A級の実力を持つ手馴ればかりです。俺は貴方に死んで欲しくない」 「だったら第0部隊を総出撃させればいい。奴らはお前を傷つけた『イレギュラー』なんだろう? 隊長に願い出せば、きっと出動させてくれるさ」 「しかし……いえ、奴らは俺が倒します! 副隊長、俺にけじめをつけさせてください! イレギュラーハンターとして、『イレギュラー』を始末させてください!」 ヒャクレッガーの決心は確固たるものになった。ホーネックはやれやれと、軽く頭を掻く。 「分かった、好きにしろ。但し、俺もついていく。奴らは強いんだろう? お前だけじゃ、殺されにいくようなもんだからな」 「ありがとうございます、副隊長」 こうして彼らは暗殺部隊『コロッセウム』と戦うことになった。 暗黒の空に塗れて、ホーネックは夜空を舞った。彼の細い脚には、ヒャクレッガーがしがみついている。 「見えてきました。あの建物が奴らの本部です」 「……なるほど、お前が描いた図面通りだな。よし、間違いなさそうだ。建物の構造は頭の中に入れておいた。あとは作戦を実行するだけだ。それでは任務を開始する」 「了解!」 ヒャクレッガーは建物の屋根の上に飛び立った。 彼の目的は、頭のカオシードを倒すこと。頭さえ潰れれば、勢力はある程度分散される。カオシードの性格からして、衛兵の大半は彼の人形だ。主を失ったマリオネットは命令を失い、そのまま立ち尽くすのみ。 残りの半数――心からカオシードに忠誠を誓ったレプリロイドは、どうするか。彼らは全て、ホーネックが倒してくれるそうだ。何か秘策があるらしい。 (カオシードのいる場所はこの窓の部屋……。よし、突撃する!) ヒャクレッガーは尻尾を器用に使って、ガラス窓のセキュリティロックを解除し、中に入った。 「おおっ、ヒャクレッガー! ついにハチ公を倒したか! よーし、いいコだ。おいで。ご褒美をくれてやろう」 カオシードはにこやかにヒャクレッガーを手招きした。 想像していたのとは様子が違う。彼はヒャクレッガーが洗脳から解いたことを知らないのだろうか。 それならばいっそのこと、洗脳されてる演技をし、隙を窺って殺してみるか。そっちの方がてっとり早くて済む。 しかし、油断は禁物だ。相手も知らないふりをしているのかもしれない。 ヒャクレッガーは迷った挙句、後者を選ぶことにした。拡散弾をカオシードに投げつける。 「ふん、ばれたか!」 カオシードはボウガンを取り出し、3本の矢で3つの拡散弾を貫いた。小さな爆発が空中で起こる。煙が上がり、視界を覆い尽くした。 しばらくして煙が晴れたとき、ヒャクレッガーの姿はすでに消えていた。 カオシードは辺りをキョロキョロと見回している。 「いない!? ふんっ、得意のテレポートか。だが、わしにはお前の手口はお見通しだ。現れる場所はこの天井の……」 「ハズレだ。貴様の首は貰った!!」 ヒャクレッガーはいつの間にかカオシードの背後に潜んでいた。尻尾を振り上げ、カオシードの脳天を突き刺す。刺が頭脳チップに喰いこんで砕き、彼はそのまま命を失った。 カオシードは死んだ。 ヒャクレッガーは静かに黙祷する。昔の主との別れだ。これで、はっきりと決別ができる。 「私を作ってくれたことには感謝します。それだけは礼を言います。どうか安らかに地獄に逝ってください」 冷たい風が、開いた窓を吹き抜けた。 これで彼の任務は完了。副隊長はどうしているだろうか、と、ヒャクレッガーは気にかける。 そのとき、部屋の扉がゆっくり開いた。 (敵がもう、駆けつけたのか!?) ヒャクレッガーはすかさず手裏剣を構える。 しかし現れたのは、ホーネックだった。 「よお、ヒャクレッガー。そっちも終わったようだな」 「副隊長! 『そっちも』ってことはもしや……」 「ほれ、この廊下を見てみろよ。ご覧の通りだぜ」 そこには、大量のレプリロイドとメカニロイドが残骸の群れを成していた。これが忍び部隊副隊長の実力。恐るべきものがある。 ヒャクレッガーはその光景に驚愕し、一方で平然としているホーネックに問いかけた。 「副隊長、あれほど人数を相手に、どうやってそんなに早く始末したんっすか?」 「なーに、簡単なことだ。俺は複数戦が得意なんだ」 ホーネックは不敵の笑みを浮かべ、説明をし始めた。 「『ボムビー』に『パラスティックボム』を持たせたのさ。そうすれば、追尾型のコンピュータ搭載爆弾ができる。正確に敵を狙い、取りつけることができるってことよ。そして取り憑かれた敵は混乱し、相打ちをする。ここの奴らは非常に操りやすかったぜ。心を持たねえ奴らばっかしだったからな」 さすがは副隊長だ。特殊武器をフルに活用した複数の敵への戦略。ヒャクレッガーはますます彼を尊敬した。 ホーネックはヒャクレッガーの肩をぽんっと叩き、 「任務完了だ。お疲れさま、ヒャクレッガー」 と言い置いて、暗闇の窓から空を飛んだ。 月明かりの中で自由に夜空を翔ける影の妖精。忍者にするには勿体無いくらい、不思議な魅力を持った人だと、ヒャクレッガーは思った。 | ||
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