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管理人の小説

マインド・ミッション(前編)
ヒャクレッガーとホーネックの事情


「ヒャクレッガー、お前は明日からイレギュラーハンターになるが、これは試練だ。本当の目的を忘れるな。お前は作られた目的からしてすでに、『イレギュラー』であり、わしのカワイイ暗殺人形なのだからな」
「……。私は自分の任務を忘れたことなどありません。必ずやこの試練を乗り切り、貴方様の片腕となりましょう」
「くっくっく、期待して待ってるぞ。期間は半年だ。それまでに忍び部隊の隊長になれなかったら、お前を処分させてもらう。よいな」
「はい、承知しております……」
 こうして、マグネ・ヒャクレッガーはイレギュラーハンター第0特殊部隊(別名、忍び部隊)に入隊することになった。
 イレギュラーハンター。それは人間やレプリロイドに危害を加える『イレギュラー』を処分する部隊。治安を守るための警察だ。憧れて入隊する者も多く、隊長になることを夢見る者も少なくない。
 しかし、彼にとって、イレギュラーハンターの仕事というものは、単なる通過点に過ぎなかった。これは修行であり、試練なのだ。彼が『隊長の座につく』という課題をこなせたら、その先にはまた、新たなる仕事が彼を待ち受けている。
 暗殺稼業。
 これが彼の本来の生き様、目的だ。イレギュラーハンターとの相違点は、殺す対象が善か悪かの違いだけだ。まさに、紙一重の職業。
(善か悪かなどは関係ない。俺は、殺すために生まれてきた。主の命に従い、任務を果たすまで。あのお方は俺の実力を試すために入隊させた。ならば、俺の強さを証明してみせよう……)
 ヒャクレッガーは鋭い目をぎらつかせ、忍び部隊で見事にその実力を発揮させていった。
 ハンターランクも上げ、成果は順調かと思えたが、彼の目の前に大きな壁が現れる。
 忍び部隊副隊長、エクスプローズ・ホーネック。彼を越えなければ、先に進めないのであった。

−***−

「よお、ヒャクレッガー」
 ハンターベースのロビーで、ヒャクレッガーはホーネックに声をかけられた。
 ヒャクレッガーは後ろの尻尾を逆立て、臨戦態勢でホーネックを睨みつける。
「何か御用っすか、副隊長」
「おいおい、そんなに恐い顔すんなよ。お前、いつもそんな風にしてると仲間内から嫌われるぞ」
「余計なお節介ですよ。もともと俺は『ウィルス使い』だって、嫌われてますから」
 ヒャクレッガーは不機嫌そうにホーネックから2、3歩離れた。そして彼は指を絡ませ韻を構えると、霧のように姿を消していった。
 取り残されたホーネックは、彼の消えた跡をじっと見つめ、頭を傾げていた。
(そういえばあいつ、単独行動ばかり取ってたな……。誰とも打ち解けようとしない。何かあるのか……?)

−***−

 第0特殊部隊A級ハンターのサスケ。
 力もそこそこあり、素早い動きと明晰な頭脳で敵を罠に陥れる戦法を持つ、有力ハンターだ。生真面目な性格で、仲間からも親しまれている。
 そんな彼が突然、イレギュラー化してしまった。
「アハハハハハハハハ!! コロス、コロシテヤルヨ!!」
 サスケは仲間に牙を向き、暴走を始める。ブーメランを片手に持ち、仲間を次々と壊していった。
「サスケ! やめるんだ、サスケ!!」
「……だめだ、もうサスケはイレギュラー化している。こうなったら壊すしか……」
「壊すだって!? サスケはオレたちの仲間だろう!? そんなこと、できるわけないよ!!」
 サスケと特に親しかったハンターは、サスケのイレギュラー化に嘆き悲しんでいる。かつては一緒に戦った仲間。そう無残に殺せるわけがない。
 だが、サスケの首は跳んだ。一瞬の躊躇いもなく、大きな尻尾の針は彼の首筋を貫いた。
「……任務完了。イレギュラーは処分した」
 崩れ落ちたサスケの背後には、マグネ・ヒャクレッガーがいた。大きな尻尾をうねらせて、ハンターたちに背を向ける。
「ううっ……サスケ……。ヒャクレッガー、何でサスケを!! お前には情ってやつがないのか!!」
「……」
 彼は何も答えずに、消え去っていった。
 ハンターたちは、サスケの死を悲しみ、無慈悲に殺したヒャクレッガーを非難する。
「信じられねえよ、仲間を殺しておいて顔色一つ変えないなんて……」
「同じレプリロイドとは思えねえ。何て残虐な奴なんだ」
「『ウィルス使い』は、とんでもねえな。奴自身、ウィルスなんだぜ。忍び部隊のバクテリア。サスケのイレギュラー化だって、奴の仕業かもしれねえ。このまま放っておけば、この部隊も危ういんじゃねえのか?」
 ひそひそ、ひそひそ。
 悪い噂が部隊内に広がっていく。
 聞きつけたホーネックが、彼らの話に割りこんできた。
「おい、お前ら。証拠もないのに、ヒャクレッガーを疑うってのか? あいつだって俺たちの仲間だろう? ヒャクレッガーはイレギュラーを処分した。それだけの話じゃないか。まあ、サスケには悪いけどな、これも仕事だから仕方がないんだ」
「ですが、副隊長……、そんな簡単に割り切って……」
「黙れ。てめえらにあいつをとやかく言う筋合いはない。あいつは俺が裁く! イレギュラーハンターとして適正かどうかをな!!」
 ホーネックも懸念していた。ヒャクレッガーに不穏な動きがあること。ハンターたちから孤立してしまっていること。そして、彼が作られた目的、存在意義。
(あいつは何がしたいんだ? 何を考えているんだ? あいつにだってきっと、感情くらいあるはず。俺たちと同じレプリロイドなんだから……)
 ホーネックはそれから、ヒャクレッガーの動きを見張ることにした。

−***−

 イレギュラーハンターのくせに、ウィルスを使う。
 殺し屋の『イレギュラー』なのに、警察の『イレギュラーハンター』をやっている。
 どれもこれも矛盾だらけだ。彼の立場そのものが、メビウスの輪のように表裏一体化している。
 彼は何を思うのか。何も思わない。仕事をこなすには、感情はいらない。邪魔なだけだ。
 あいつを倒せば自分は副隊長に昇格できる。事故に見せかけた暗殺。そのくらい容易いものだ。今までも自分の敵になりそうな有力者を葬ってきた。サスケもそのうちの1人だ。
 だが、サスケの事件以来、むやみに暗殺ができなくなってしまった。
 尾行されている。
 誰につけられているのか、それはだいたい想像できた。
(こいつは丁度いい)
 ヒャクレッガーは森の中で、その姿を眩ました。
 跡をつけていたホーネックは、ターゲットを見失い、いったん地上に降りる。
(テレポートで俺を撒こうってことか……? それとも……)
 そのとき、彼の背後に異常なほどの殺気が漂った。
「副隊長、貴方の命を頂戴します」
 ヒャクレッガーはホーネックの首筋に、尻尾の刺を構える。
 しかし、ホーネックは動じない。絶対絶命だというのに、彼は顔色を全く変えず、そのまま後ろにいるヒャクレッガーに話しかけた。
「ふっ、やはり俺を狙ってきたか。サスケたちを殺ったのは、お前の仕業だな。自作自演とは、片腹痛いぜ。そして今度は俺を殺して副隊長になる気か? やってみろよ、ヒャクレッガー! できるものならばな!!」
「ならば、お望み通り貴様を殺す!!」
 ヒャクレッガーは尻尾の刺をホーネックに突き立てようとした。こいつさえ殺せば、先に進める。期限付きの爆弾から逃れることができる。
 だが、尻尾はホーネックの首筋から、あと数ミリというところで止まってしまった。
 一体、彼の中に何が起きたのか。それは彼自身にも分からない。
「なぜだ!? 俺には何も迷いはないはず! こいつを始末するくらい、他愛もないことなのに! 今までだって、何の躊躇いなく処分できたはずだ!」
 ヒャクレッガーは初めて起きた自分の感情に戸惑っている。なぜ彼にはホーネックを殺せないのか。それは、彼の本能が物語っていた。
「止めて正解だったな」
 ホーネックは静かに話す。
「俺を攻撃すれば、お前は死んでいた。後ろの『ボムビー』が黙っちゃいない」
「!?」
 気がつくと、大量の小型ハチ爆弾『ボムビー』がヒャクレッガーの背後に控えていた。この攻撃を一斉に喰らったら、一溜まりもないだろう。確かに自分は死んでいた。
 ヒャクレッガーは振り上げていた尻尾を、力なく引き降ろす。
 ホーネックはヒャクレッガーの方に向き直り、強く拳を握り締めて、思いっきりぶん殴った。
 鋭い轟音を鳴り響かせ、彼の身体は数メートル吹き飛んだ。地面にどしゃっと身体ごと倒れる。
 ホーネックは倒れたヒャクレッガーを見下ろした。
「ヒャクレッガー、お前に質問する。正直に答えろ。お前は『イレギュラーハンター』か? それとも『イレギュラー』か? 返答次第では、タダでは済まないと思え」
 強いられた選択肢。
 これは裁きだ。自分を試している。正義を選ぶか悪を選ぶかによって、生か死かを判断するつもりだ。
 だが、なぜ試す必要がある。過去に自分がしてきた行為、そして先ほどの暗殺未遂。それだけでも答えは十分に出ているはずだ。
「……。副隊長、貴方は甘すぎる。決まりきったことなのに、なぜ俺を始末しない!? なぜ救済の余地を与える!? 俺は何人もの同僚を殺してきた。それだけでも十分に俺は……」
「俺はお前の意志を聞きたいだけだ。お前だって、俺らと同じレプリロイドだろうが。命令通りに働くメカニロイドとは違うんだぞ。お前にもお前の感情があるんだろ? だったら選べ、好きな方を。お前の生き方はお前が決めるんだ」
 ホーネックは手を差し伸べた。
 自分はどうしたいのか。そんなこと、一度も考えたこともなかった。今まではそれが宿命だと思い、運命に従ったまでだった。暗殺用に作られたことも、試練を与えられたことも、全て運命。それはそれで受け入れるしかないと思っていた。自分は所詮、主のために働く人形だと思っていた。
 しかし、自分の中にも感情があるということに気がついた。自分はレプリロイドだと、気づかせてくれる存在に出会った。認めてくれる存在に出会った。それが、自分の上司、エクスプローズ・ホーネックだ。
 彼の思いやりが何より心地良い気分にさせた。この人のためならば、一生ついていこうと思った。
「副隊長……。自分はイレギュラーハンターをやりたいです……。貴方のお側に置かせてください……」
 初めて彼は自分の意志を示し、ホーネックの手を強く握った。
 ホーネックは微笑し、彼を抱き起こす。そしてヒャクレッガーの頬を左手で撫でた。
「なんだ、カワイイとこあるじゃんか。殴ったりして悪かったな。お前は俺の部下だしな、人付き合いってやつを教えてやるよ。スティング・カメリーオみたいに、実力があっても信頼がなかったら、いつまで経っても隊長にはなれないんだぜ」
 このとき、遠くでカメリーオがくしゃみをしたことを誰も知る由がない。

−***−

「久しぶりだな、ホーネック。こんな所で会うとは偶然だな。お前も仕事か?」
 赤いメットを被った金の長髪のレプリロイドは、イレギュラーの工場でホーネックたちと出会った。
 彼の名はゼロ。第17精鋭部隊所属のイレギュラーハンターである。どうやってホーネックと知り合ったのか定かではないが、どうやら彼の旧友であるらしい。
 ホーネックは1ヶ月ぶりに会ったゼロを見て、心の中で密かに舌打ちをした。
(厄介な奴に出会っちまったな……。ヒャクレッガーもいることだし、適当にやり過ごすか)
 彼はゼロが苦手だった。力ではゼロの方が上回っているので、頭が上がらないということもあるが、それだけではない。
 本能的に受けつけないのだ。『こいつは危険だ、深く関わるな』と、身体が拒絶反応を示している。
 ホーネックはゼロに悟られないように、いつもポーカーフェイスで接している。
「ゼロ、相変わらず元気そうだな。仕事は順調か?」
「ああ、順調といえば順調だ」
「副隊長、話はそれくらいにしておいてください。今はこの任務を遂行するのが先決です。行きましょう」
 ヒャクレッガーが彼らの会話を中断させた。ホーネックは呼びかけに応じ、ゼロから離れる。
 ゼロはそそくさと去っていった彼らを見て、不愉快そうに呟いた。
「あいつも付き合い悪くなったな。あれが噂の冷血漢、マグネ・ヒャクレッガーか。感情まで機械みたいな奴だ、気に食わんな」
 ゼロはそう言い置き、工場の中のイレギュラー退治に去っていった。

−***−

 期限は残り1ヶ月だった。
 それまでに彼が『隊長になる』という試練を乗り越えなければ、特A級の暗殺部隊が彼を始末しにくるという。
 しかし、ヒャクレッガーは試練を放棄した。イレギュラーハンターとしての意志が芽生え、彼の忠誠は副隊長のホーネックへと向けられる。
「奴め、洗脳されたか。裏切り者め!」
 暗殺集団『コロッセウム』の頭、カオシードは、ヒャクレッガーの裏切りに強く憤慨を覚えていた。
 指でトントンと机を弾き、部下たちに命令をする。
「始末をするのは容易いが、それだけではわしの気が治まらん。ここに連れて来い! 奴をじっくり痛めつけて、忠誠を誓うべき相手はこのわしだということを思い知らせてやるのだ! 奴に自由や意志など必要ない。奴はわしのカワイイ暗殺人形さ。くっくっく……」
 カオシードは、唇の端を吊り上げて、ヒャクレッガーが自分の手元に戻るのを楽しみにしていた。
「わしの手から逃げられると思うなよ、ヒャクレッガー」

−***−

 任務中、彼の背後に魔の手が伸びた。
「お頭から貴様を連れてくるように、言われたのでな。ちょっと痛い目に遭って貰おうか」
 ヒャクレッガーは殺気を感じて振り返る。
「何奴!?」
 すぐさま、拡散弾を投げつけた。しかし相手は、それを避ける。
 そのとき、頭上から鈍い痛みが走った。敵は1人ではなかった。もう1人が彼の上で待ち構えていたのだ。
 ヒャクレッガーはそのまま意識を失った。黒い闇が彼の視界を覆い尽くす。

−***−

 ヒャクレッガーは行方不明になった。
 5日経っても帰ってこない。一体、彼の身に何か起きたのだろうか。
 ホーネックは仕事の合間を見つけて、ヒャクレッガーを探し回る。しかし、どこにも見つからない。
(どうしたっていうんだ、あいつ……。くそっ、どこにいるんだ!?)
 部下のことが心配で心配で落ち着かないらしい。冷静沈着な彼が、ここまで取り乱すのは珍しいことだった。

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