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管理人の小説

海涙―マリンティアーズ―(後編)
マッコイーンと『娘』の悲劇


 レプリフォースの協力もあってか、マリリンはあれから3年間、マッコイーンの元で過ごすことができた。
 マッコイーンを本当の父と思い、慕っている。
 また、マッコイーンもマリリンを自分の娘のように可愛がっていた。不器用ながらも、この父娘は上手くいっているようである。
 だが、マッコイーンは懸念している。レプリロイドの自分が、人間を育てていいのかと。
 彼女は学校にも行っていない。代わりにレプリフォースの研修には行かせたが、やはり彼女は人間だ。限界がある。
 人間の里親を探した方がいいと、提案はしてみるものの、彼女は頑としてそれを拒否する。自分以外の父親はいらない、と。
 彼にはそれがとても嬉しかった。だが、それと同時にやりきれなさを覚える。
 なぜ自分は、レプリロイドなのかと。
 マッコイーンは夜の海を眺めていた。泣くことはできない。ただ、ひたすら自分の立場を悔いるだけ。
「マリリン……。ワシは一体、どうすれば……」
 母なる海は寄せては返すだけで、何も返事をしてくれない。
 しかしその答えは後に、思いがけない形で返ってくるのであった。

−***−

「おーい、スティングレーーン!!」
 黒髪の少女は、黄色いレプリロイドを見るや否や、大きな声で呼びかけた。左手に買い物袋を持っている。
「ん?」
 気持ちよく空を飛んでいるところに、水を注されたような表情でスティングレンは振り返る。
 見なければ良かった……と、彼は後悔した。
 マリリンは満面の笑みを浮かべ、スティングレンを見る。何だか嫌な予感がした。
「なあ、スティングレン。お願いなんやけどぉ、あたしを乗せて、父ちゃんのところまで行って欲しいんや。海洋博物館までな。レプリフォースなんてどうせ暇なんやから、ええやろ?」
「………」
 予感は的中した。スティングレンは拳をわなわな震わせながら、込み上げる怒りを何とか抑えようとする。
(……こ、小娘がぁ!)
 どうせ彼女はスティングレンを、自分専用の航空タクシーにしか思ってないんだろう。それに彼女は『レプリフォースが暇』だと思っているらしい。それが何とも腹立たしかった。
 しかし人間には逆らえない。彼は渋々マリリンを抱え、海洋博物館へと目指していった。
 その先に惨劇が待っているとも知らずに……。

−***−

 事件は突然、訪れた。
「タイダル・マッコイーン。誘拐の容疑で処分する!」
 海洋博物館から出てきたマッコイーンを、数人のイレギュラーハンターが取り囲む。これは一体、何の騒ぎであろうか。
 状況がいまいち呑み込めず、マッコイーンが間誤付いているとき、イレギュラーハンターの群れの奥から、1人の男が現れた。
 人間である。歳は40を過ぎた頃だろう。オールバックの髪に、白髪が少し覗いている。
 男は、いかめしい顔つきでマッコイーンを見据えて言った。
「私は『西京寺慶吾』。マリリンの父親だ。娘を返して貰おうか、イレギュラーよ!!」
 人指し指をマッコイーンの大きな頭に突きつける。
 その身勝手な口ぶりにマッコイーンは憤慨を覚えた。
「何を今さら『父親』じゃとぉ!? あのコをあんなに傷つけて、何をノコノコ言う気じゃあ!! それにワシは、イレギュラーではない!!」
 しかし、慶吾はその言葉を鼻であしらう。
「ふん、レプリロイドが何を言う。構わん、処分しろ!」
 イレギュラーハンターたちがバスターを構える。
 そのとき――――。
「やめてぇぇぇぇぇ!!!!!」
 少女の声が、戦いを一時停止させた。
「!?」
 一同は上空を見上げる。
 そこには、声の主の少女と、それを支える黄色いレプリロイドがいた。
 サイキョージ・マリリンとジェット・スティングレンだ。
 スティングレンは、マリリンを静かに地上へと降ろす。足が地面に着いたとたんに、彼女は両手を広げてマッコイーンの前へと立ち憚った。持っていた買い物袋がドサッと土に落ちる。
「マリリン……!?」
 声を揃えて二人の『父親』は『娘』の名前を呼ぶ。言葉に含まれた意味は全く別々のものであるが。
 今来たばかりのスティングレンは、この状況を何とか読み取ろうと懸命になる。
(一体、どうなっているんだ!? あの人間…もしやマリリンの父親か!)
 知らん振りをするのも、3年が限界ということだ。恐らくあの男は、独自の捜査網でここを嗅ぎ付けたのだろう。
 マリリンはギリッと目つきを鋭くして、目の前の男を睨みつけた。
「あんた、あたしの『父ちゃん』にどうする気や? もし撃とうというのなら、あたしも一緒に天国へ行くで! そんときゃ、あんたは殺人罪で地獄行きや!!」
 口調からして、マリリンが西京寺慶吾を酷く憎んでいることが分かる。彼女は慶吾のことを決して『父』と呼ばないのも、その憎悪所以だろう。
 慶吾のこめかみがピクピクと動く。
「き、貴様ぁ!! 私を誰だと思ってる!! 私はお前の『父親』だぞ!!」
「あんたなんか、『父ちゃん』じゃあらへん!! あたしの『父ちゃん』は、後ろにいるマッコウ父ちゃんだけや!!」
 マリリンは背中にいるマッコイーンに顔を向ける。振り向き様に彼女は、
「父ちゃん、迷惑かけてごめんな……」
とだけ言った。
 マッコイーンは、『娘』の思いやりに心を打たれる。マリリンはとてもいいコだ。どうしてこの娘を『物』としてしか見ないのだろう。自分の可愛い子供だというのに。
 親が愛してあげなければ、子供も懐くはずがない。この男は、そんなことさえも分からないのだ。
「おのれぇぇぇぇ!!! マリリンっ、気でも違ったかぁぁ!!? 奴はレプリロイドだぞっ!? 人間の私よりも、このポンコツ機械がお前の『父』だとぉぉおぉ!!?」
 プライドを傷つけられた慶吾の怒りは、頂点へと達する。
「許せんっ、許せんっ、許せんんんっ!!! でえいっ、構わん!! 撃て撃て撃てぇぇいっ!! こいつらまとめて消し飛ばせぇぇぇ!!!」
 バスターの放つ轟音が、空にまで響いた。

−***−

 もう、自分は死んだ。辛いことばかりだったけど、最期に悔いの残らない生き方ができてよかった。
 天国はもうすぐそこだ。誰かが迎えに来てくれるはず。
 彼女は待った。しかし、誰も迎えに来ない。
(どうして? どうして誰も来ないんや? マッコウ父ちゃんもスティングレンも、レプリロイドだから魂がないんかな? )
 視界にはただ闇が広がるばかり。
 しばらくして、その闇が自分の目の奥に存在していることに気づいた。
(!? あたし、まだ生きてる!?)
 彼女は恐る恐る瞼を開く――。
 一筋の光が闇を切り裂き、そこから白い光が視界いっぱいに開けた。

−***−

 マリリンは死んではいなかった。
 彼女の周りには、マッコイーンとスティングレンが背を向けて立っている。彼らが盾となり、バスター攻撃から彼女の身を守ったのだ。
「父ちゃん――!! スティングレン――!!」
 相手の猛攻は未だに続いている。パーツの破片が1つ、2つと弾け飛んでいく。
「やめてっ、やめてぇぇぇ!!!! お願いや、これ以上やったら、2人とも死んでしまうで……。何も…あたしなんかを庇うことないんや!」
 しかし二人は一向に動かない。
 マッコイーンはマリリンを背にして、振り向きもせずに話しかける。
「マリリン……。ワシはお前を本当の娘じゃと思っておる……。父が子を守るのは当然のことじゃ」
「父ちゃん――!」
 今度はスティングレンが声に出す。
「男が女を守るのも当然のことだぜ、お嬢さん。あんたはもう、立派な『乙女』なんだろう?」
「えっ…! 覚えてていたの……!? 初めてあたしと出会ったときのこと……」
「ん、まあな。あのときのおめえはまだ、尻の青いガキだったけどよ」
 スティングレンは照れを隠すため、少しぶっきらぼうに言う。憎まれ口は相変わらずだ。
 それでも彼女は嬉しかった。自分を思っててくれる人がこんなにもいる。自分は愛されてていい存在なのだ。
 また一方で、彼女は自分が厄災を蒔いてしまったことを後悔している。自分のために、彼らを巻き込んでしまった。出会わなければ、こんな不幸は起こらなかったのに。
 自分のせいで愛しい人たちが傷ついていく。それは彼女にとって、見るに耐えられないものだった。
 自分さえ、いなければ――――――。
「お願いやっ! お願いやっっっ!!!」
 マリリンは、高らかに笑っている実の父、西京寺慶吾に向けて叫ぶ。
「『お父ちゃん』、あたしが悪かった! あたしが間違ってたんや!! あたしの本物の『父ちゃん』はあんたや!! あたしは家に帰る!! ちゃんとあんたの言うことも聞く!! だからお願い……。この人たちを破壊するのはもうやめて…………。この人たちを…、イレギュラーにするのは堪忍して……」

−***−

 マリリンは西京寺家に戻ることを決意した。
 黒いベンツの車の窓から、半壊したマッコイーンとスティングレンを見る。その瞳には、諦めと絶望の色しか残されていなかった。
「マ…リ……リン」
 マッコイーンは動かぬ身体を、気力でなんとか動かそうとする。ガラス越しに映ったマリリンに向けて、右手を伸ばすが届かない。
 スティングレンは気を失っていた。
 黒いベンツにエンジンがかかる。
(父ちゃん、ごめんな……。あたしのせいで、そんな姿になってしもうて……。『迷惑かけない』って決めたのに、守ることができんかった。これもきっと報いなんや……)
 マリリンは込み上げてくる涙をぐっと堪える。自分が泣けば、慶吾の勘に触るだろう。これ以上の犠牲はもう、増やしたくない。
(さようなら……。元気でな………)
 最後に彼女は笑った。目を細め、唇の端を無理に吊り上げ、整然と並んだ白い歯を見せて微笑する。だが、その表情を見れば誰にでも、心の中で泣いているのが分かるだろう。
 いよいよ車が動き出す。マリリンの姿は次第に小さく、遠くなって、手の届かない地獄へと連れ去られてしまった。
「マリリン…!! マリリぃぃぃン!!!」
 その声はもう、彼女には届かない。
 マッコイーンはがくっと倒れ伏し、額を地面に着けて項垂れてしまった。
「どうして…、どうしてこんなことになったんじゃ……。あのコは何も悪くない。なのにどうして、神様はあのコを幸せにさせてくれないんじゃ……」
 あの親の下では、決して心から笑うことはないだろう。もう、彼女を救う道は閉ざされたのだ。
「ウをォアァァぁアァーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
 マッコイーンの悲しみの籠もった絶叫が、地面を震わせ、空中へと響き渡った。

−***−

 1ヶ月後……マリリンは死んだ。
 死因はせっかん死だ。
 遺体は海辺で発見された。恐らくあの男が『行方不明』と偽って、海へと捨てたのだろう。事実、マリリンは過去3年間、行方不明の経歴があったので、そのことも利用できると思ったのだ。
 しかし海は、男の悪行を見逃さなかった。
 マリリンは波と共に海辺に打ち上げられ、遺体だけでも発見することができた。顔は腫れ、身体には無数の傷跡がつけられていた。
 西京寺慶吾とその妻は逮捕された。マリリンの母親も共犯となって、父親ほどではないにしても、虐待をしていたようである。
 なぜ、自分の子供がそれほど憎いのか。
 いや、憎いから叩くわけではない。ただなんとなく、『そこにいるから』叩きたくなるだけだ。ムカムカしていたから、『丁度いい気晴らし』になるんだ。
 男は裁判所でこう答えた。

−***−

「畜生、怒りを通り越して呆れるぜ。あのオヤジ、絶っっ対ぇ許さねぇ!!」
 スティングレンは小石を拾い、海へ思いっきり投げた。
 石は水面を滑りながら、3回跳ねて海底へと落ちる。
 マッコイーンは砂浜に座り込み、夕日に映った紅い海を眺めていた。
 その背中には哀愁が漂う。『娘』を完全に失った、哀しい『父親』の背中だ。
「……」
 スティングレンはかける言葉が見当たらなかった。下手に慰めるわけにもいかない。ここは黙っていた方がいいだろう。もちろん自分も傷ついている。
 守りたかったのに、守れなかった。自責の念が彼らを追い立てる。
 そして人間に対するレプリロイドの無力さ。人間の敵を目の前にしたとき、レプリロイドは人間を攻撃できない。それが『悪』だと分かっていてもだ。
 その結果、マリリンは海へと散ってしまった。
 だが、海は彼女を暖かく迎えてくれるだろう。
 海は偉大な『母親』だ。『母』の愛に包まれて、そこで幸せに過ごして欲しい。
 そう願わずにはいられなかった。



コメント
『生長開花』以来、まとも(?)な作品が書けました。
父と娘の関係は、かににとってかなりツボだったりします(ポケモン映画の『エンテイ』とか^^)
『蟹風船』現象、ここでも発生しましたねぇ。愛ちゃんなマリリンですなぁ(笑)
文章力と構成力は相変わらず、上達してないです。なんでこんなに強引なこじつけなんだろ(涙)

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