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マッコイーンと『娘』の悲劇 レプリフォースの協力もあってか、マリリンはあれから3年間、マッコイーンの元で過ごすことができた。 マッコイーンを本当の父と思い、慕っている。 また、マッコイーンもマリリンを自分の娘のように可愛がっていた。不器用ながらも、この父娘は上手くいっているようである。 だが、マッコイーンは懸念している。レプリロイドの自分が、人間を育てていいのかと。 彼女は学校にも行っていない。代わりにレプリフォースの研修には行かせたが、やはり彼女は人間だ。限界がある。 人間の里親を探した方がいいと、提案はしてみるものの、彼女は頑としてそれを拒否する。自分以外の父親はいらない、と。 彼にはそれがとても嬉しかった。だが、それと同時にやりきれなさを覚える。 なぜ自分は、レプリロイドなのかと。 マッコイーンは夜の海を眺めていた。泣くことはできない。ただ、ひたすら自分の立場を悔いるだけ。 「マリリン……。ワシは一体、どうすれば……」 母なる海は寄せては返すだけで、何も返事をしてくれない。 しかしその答えは後に、思いがけない形で返ってくるのであった。 黒髪の少女は、黄色いレプリロイドを見るや否や、大きな声で呼びかけた。左手に買い物袋を持っている。 「ん?」 気持ちよく空を飛んでいるところに、水を注されたような表情でスティングレンは振り返る。 見なければ良かった……と、彼は後悔した。 マリリンは満面の笑みを浮かべ、スティングレンを見る。何だか嫌な予感がした。 「なあ、スティングレン。お願いなんやけどぉ、あたしを乗せて、父ちゃんのところまで行って欲しいんや。海洋博物館までな。レプリフォースなんてどうせ暇なんやから、ええやろ?」 「………」 予感は的中した。スティングレンは拳をわなわな震わせながら、込み上げる怒りを何とか抑えようとする。 (……こ、小娘がぁ!) どうせ彼女はスティングレンを、自分専用の航空タクシーにしか思ってないんだろう。それに彼女は『レプリフォースが暇』だと思っているらしい。それが何とも腹立たしかった。 しかし人間には逆らえない。彼は渋々マリリンを抱え、海洋博物館へと目指していった。 その先に惨劇が待っているとも知らずに……。 「タイダル・マッコイーン。誘拐の容疑で処分する!」 海洋博物館から出てきたマッコイーンを、数人のイレギュラーハンターが取り囲む。これは一体、何の騒ぎであろうか。 状況がいまいち呑み込めず、マッコイーンが間誤付いているとき、イレギュラーハンターの群れの奥から、1人の男が現れた。 人間である。歳は40を過ぎた頃だろう。オールバックの髪に、白髪が少し覗いている。 男は、いかめしい顔つきでマッコイーンを見据えて言った。 「私は『西京寺慶吾』。マリリンの父親だ。娘を返して貰おうか、イレギュラーよ!!」 人指し指をマッコイーンの大きな頭に突きつける。 その身勝手な口ぶりにマッコイーンは憤慨を覚えた。 「何を今さら『父親』じゃとぉ!? あのコをあんなに傷つけて、何をノコノコ言う気じゃあ!! それにワシは、イレギュラーではない!!」 しかし、慶吾はその言葉を鼻であしらう。 「ふん、レプリロイドが何を言う。構わん、処分しろ!」 イレギュラーハンターたちがバスターを構える。 そのとき――――。 「やめてぇぇぇぇぇ!!!!!」 少女の声が、戦いを一時停止させた。 「!?」 一同は上空を見上げる。 そこには、声の主の少女と、それを支える黄色いレプリロイドがいた。 サイキョージ・マリリンとジェット・スティングレンだ。 スティングレンは、マリリンを静かに地上へと降ろす。足が地面に着いたとたんに、彼女は両手を広げてマッコイーンの前へと立ち憚った。持っていた買い物袋がドサッと土に落ちる。 「マリリン……!?」 声を揃えて二人の『父親』は『娘』の名前を呼ぶ。言葉に含まれた意味は全く別々のものであるが。 今来たばかりのスティングレンは、この状況を何とか読み取ろうと懸命になる。 (一体、どうなっているんだ!? あの人間…もしやマリリンの父親か!) 知らん振りをするのも、3年が限界ということだ。恐らくあの男は、独自の捜査網でここを嗅ぎ付けたのだろう。 マリリンはギリッと目つきを鋭くして、目の前の男を睨みつけた。 「あんた、あたしの『父ちゃん』にどうする気や? もし撃とうというのなら、あたしも一緒に天国へ行くで! そんときゃ、あんたは殺人罪で地獄行きや!!」 口調からして、マリリンが西京寺慶吾を酷く憎んでいることが分かる。彼女は慶吾のことを決して『父』と呼ばないのも、その憎悪所以だろう。 慶吾のこめかみがピクピクと動く。 「き、貴様ぁ!! 私を誰だと思ってる!! 私はお前の『父親』だぞ!!」 「あんたなんか、『父ちゃん』じゃあらへん!! あたしの『父ちゃん』は、後ろにいるマッコウ父ちゃんだけや!!」 マリリンは背中にいるマッコイーンに顔を向ける。振り向き様に彼女は、 「父ちゃん、迷惑かけてごめんな……」 とだけ言った。 マッコイーンは、『娘』の思いやりに心を打たれる。マリリンはとてもいいコだ。どうしてこの娘を『物』としてしか見ないのだろう。自分の可愛い子供だというのに。 親が愛してあげなければ、子供も懐くはずがない。この男は、そんなことさえも分からないのだ。 「おのれぇぇぇぇ!!! マリリンっ、気でも違ったかぁぁ!!? 奴はレプリロイドだぞっ!? 人間の私よりも、このポンコツ機械がお前の『父』だとぉぉおぉ!!?」 プライドを傷つけられた慶吾の怒りは、頂点へと達する。 「許せんっ、許せんっ、許せんんんっ!!! でえいっ、構わん!! 撃て撃て撃てぇぇいっ!! こいつらまとめて消し飛ばせぇぇぇ!!!」 バスターの放つ轟音が、空にまで響いた。 天国はもうすぐそこだ。誰かが迎えに来てくれるはず。 彼女は待った。しかし、誰も迎えに来ない。 (どうして? どうして誰も来ないんや? マッコウ父ちゃんもスティングレンも、レプリロイドだから魂がないんかな? ) 視界にはただ闇が広がるばかり。 しばらくして、その闇が自分の目の奥に存在していることに気づいた。 (!? あたし、まだ生きてる!?) 彼女は恐る恐る瞼を開く――。 一筋の光が闇を切り裂き、そこから白い光が視界いっぱいに開けた。 彼女の周りには、マッコイーンとスティングレンが背を向けて立っている。彼らが盾となり、バスター攻撃から彼女の身を守ったのだ。 「父ちゃん――!! スティングレン――!!」 相手の猛攻は未だに続いている。パーツの破片が1つ、2つと弾け飛んでいく。 「やめてっ、やめてぇぇぇ!!!! お願いや、これ以上やったら、2人とも死んでしまうで……。何も…あたしなんかを庇うことないんや!」 しかし二人は一向に動かない。 マッコイーンはマリリンを背にして、振り向きもせずに話しかける。 「マリリン……。ワシはお前を本当の娘じゃと思っておる……。父が子を守るのは当然のことじゃ」 「父ちゃん――!」 今度はスティングレンが声に出す。 「男が女を守るのも当然のことだぜ、お嬢さん。あんたはもう、立派な『乙女』なんだろう?」 「えっ…! 覚えてていたの……!? 初めてあたしと出会ったときのこと……」 「ん、まあな。あのときのおめえはまだ、尻の青いガキだったけどよ」 スティングレンは照れを隠すため、少しぶっきらぼうに言う。憎まれ口は相変わらずだ。 それでも彼女は嬉しかった。自分を思っててくれる人がこんなにもいる。自分は愛されてていい存在なのだ。 また一方で、彼女は自分が厄災を蒔いてしまったことを後悔している。自分のために、彼らを巻き込んでしまった。出会わなければ、こんな不幸は起こらなかったのに。 自分のせいで愛しい人たちが傷ついていく。それは彼女にとって、見るに耐えられないものだった。 自分さえ、いなければ――――――。 「お願いやっ! お願いやっっっ!!!」 マリリンは、高らかに笑っている実の父、西京寺慶吾に向けて叫ぶ。 「『お父ちゃん』、あたしが悪かった! あたしが間違ってたんや!! あたしの本物の『父ちゃん』はあんたや!! あたしは家に帰る!! ちゃんとあんたの言うことも聞く!! だからお願い……。この人たちを破壊するのはもうやめて…………。この人たちを…、イレギュラーにするのは堪忍して……」 黒いベンツの車の窓から、半壊したマッコイーンとスティングレンを見る。その瞳には、諦めと絶望の色しか残されていなかった。 「マ…リ……リン」 マッコイーンは動かぬ身体を、気力でなんとか動かそうとする。ガラス越しに映ったマリリンに向けて、右手を伸ばすが届かない。 スティングレンは気を失っていた。 黒いベンツにエンジンがかかる。 (父ちゃん、ごめんな……。あたしのせいで、そんな姿になってしもうて……。『迷惑かけない』って決めたのに、守ることができんかった。これもきっと報いなんや……) マリリンは込み上げてくる涙をぐっと堪える。自分が泣けば、慶吾の勘に触るだろう。これ以上の犠牲はもう、増やしたくない。 (さようなら……。元気でな………) 最後に彼女は笑った。目を細め、唇の端を無理に吊り上げ、整然と並んだ白い歯を見せて微笑する。だが、その表情を見れば誰にでも、心の中で泣いているのが分かるだろう。 いよいよ車が動き出す。マリリンの姿は次第に小さく、遠くなって、手の届かない地獄へと連れ去られてしまった。 「マリリン…!! マリリぃぃぃン!!!」 その声はもう、彼女には届かない。 マッコイーンはがくっと倒れ伏し、額を地面に着けて項垂れてしまった。 「どうして…、どうしてこんなことになったんじゃ……。あのコは何も悪くない。なのにどうして、神様はあのコを幸せにさせてくれないんじゃ……」 あの親の下では、決して心から笑うことはないだろう。もう、彼女を救う道は閉ざされたのだ。 「ウをォアァァぁアァーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」 マッコイーンの悲しみの籠もった絶叫が、地面を震わせ、空中へと響き渡った。 死因はせっかん死だ。 遺体は海辺で発見された。恐らくあの男が『行方不明』と偽って、海へと捨てたのだろう。事実、マリリンは過去3年間、行方不明の経歴があったので、そのことも利用できると思ったのだ。 しかし海は、男の悪行を見逃さなかった。 マリリンは波と共に海辺に打ち上げられ、遺体だけでも発見することができた。顔は腫れ、身体には無数の傷跡がつけられていた。 西京寺慶吾とその妻は逮捕された。マリリンの母親も共犯となって、父親ほどではないにしても、虐待をしていたようである。 なぜ、自分の子供がそれほど憎いのか。 いや、憎いから叩くわけではない。ただなんとなく、『そこにいるから』叩きたくなるだけだ。ムカムカしていたから、『丁度いい気晴らし』になるんだ。 男は裁判所でこう答えた。 スティングレンは小石を拾い、海へ思いっきり投げた。 石は水面を滑りながら、3回跳ねて海底へと落ちる。 マッコイーンは砂浜に座り込み、夕日に映った紅い海を眺めていた。 その背中には哀愁が漂う。『娘』を完全に失った、哀しい『父親』の背中だ。 「……」 スティングレンはかける言葉が見当たらなかった。下手に慰めるわけにもいかない。ここは黙っていた方がいいだろう。もちろん自分も傷ついている。 守りたかったのに、守れなかった。自責の念が彼らを追い立てる。 そして人間に対するレプリロイドの無力さ。人間の敵を目の前にしたとき、レプリロイドは人間を攻撃できない。それが『悪』だと分かっていてもだ。 その結果、マリリンは海へと散ってしまった。 だが、海は彼女を暖かく迎えてくれるだろう。 海は偉大な『母親』だ。『母』の愛に包まれて、そこで幸せに過ごして欲しい。 そう願わずにはいられなかった。 | ||
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