<< top << text << novel |
忍び部隊の恋愛騒動 「『紅のアサッシン』、マグネ・ヒャクレッガー。ムカデ型レプリロイド。特殊武器は『マグネットマイン』。ウィルスと磁力を巧みに操る。テレポートも可能……」 カタカタとキーを打つ音がする。そして平坦に読み上げる、か細い女の声。 (貴様は一体、何者だ!? 俺のデータを読み取ってどうするつもりだ!?) ヒャクレッガーは朦朧とする意識の中、瞳だけで女に訴えかけた。 だが、女は微笑むばかり。長い黒髪のポニーテールがゆらゆらと揺れ、妖艶な不気味さを醸し出している。 ここは、とある一室。壁も床も天井も、中央にある超大型コンピュータも全て白に統一され、神聖さを感じられる。闇に染まる忍びにとって、全く相応しくない場所だった。 女はキーを打つ手をやめ、横たわっているヒャクレッガーを見下ろす。ヒャクレッガーは足掻こうとするが、光のリングが身体を縛り、自由に動けなかった。 「あなた、ホーネックと仲がいいのね」 女はヒャクレッガーに呼びかけた。一瞬、ヒャクレッガーの表情が硬くなる。 「……お前が『サウザンド』隊長か。まさかくノ一だったとはな」 「ふふっ、女だからって軽蔑するつもり? これだから男は嫌いなのよね。ホーネックも、あんたも!」 「……」 サウザンドの顔が揺れている。リキッド・メタルで作られた影響か、少し溶けた彼女の顔は涙を流しているようにも見えた。 しかしそれは一瞬のこと、彼女はすぐに『無』の表情に戻り、再び薄ら微笑んだ。 「あなた、ホーネックのことが好きなんでしょう?」 「……!」 誰にも知られたくなかった。この気持ちは、自分だけの宝箱に仕舞い、大切に保管していた。鍵を厳重にかけ、誰にも覗かれないようにしていた。 だが彼女は、ヒャクレッガーの心の宝箱を、針金でこじ開けてしまった。 ホーネックに化け、彼の想いを無理矢理引き出してしまったのだ。 全ては彼女に見透かされた。隠していたのに、知られたくなかったのに。 女は笑う。何がそんなに愉快なのか。 「あははははっ! やっぱりそうなんだー。残念ねぇ、彼は私にメロメロなの。あなたの想いは一方通行、ホーネックはあなたのこと、単なる部下としか思ってないわよ。悔しいわよねぇ、だってあなたはオト……」 「黙れ!! 貴様に俺の気持ちなど、分かってたまるか!!」 「あらぁ、なーにムキになってるの? 私は事実を言ったまでよ。あなた、とても苦しいでしょ? 『感情』なんてものがあるから、あなたはそんなに醜くなるの。嫉妬って、みっともないと思わない?」 「貴様に言われる筋合いなどない! 俺はレプリロイドだ! メカニロイドとは違う! 『心』をプログラムされているんだ、人(レプリロイド)が人(レプリロイド)を好きになってどこが悪い!!」 ヒャクレッガーはサウザンドを睨みつける。鋭い、剣呑とした目つきだ。いつの間に彼は、これほどの強い光を身につけたのだろうか。 全てはホーネックとの出会い。これが彼の運命を逆転させた。 サウザンドもまた、ホーネックとの出会いにより、運命を変えられた。彼の存在が彼女の全てを否定しているようで。 「みんな馬鹿ばっかりだわ。どうしてそこまで愛することができるのよ。届かないのに、裏切られるかもしれないのに……。私には、あなたたちが分からない。『感情』なんて、『心』なんて、任務には必要のないものなのよ。むしろ邪魔なもの……」 「……確かにお前の言うとおりだ。任務を遂行するためには、余計な感情は捨てなければならない。敵に対して同情してはいけない。昔の俺は常に暗殺機械として生きてきた……。だが……」 本当に『生きている』のかどうか分からなかった。 ヒャクレッガーはそこまで言って、一息置く。 サウザンドの目が大きく見開いた。『生きている』って何? 動くこと? 違う、それはもっと別の大切な『何か』……。 彼女は迷う。自分はなぜここにいるのか。自分は何がしたいのか。本当の自分は何者なのか。 「……ホーネックはあなたに、それを教えていたっていうの?」 ヒャクレッガーは黙って頷く。 「答えは……見つかったの?」 彼女は再びヒャクレッガーに問う。今度は返事が返ってきた。 「いや、俺だってまだ迷っている……。でもあの人は答えを導いてくれると信じている。だから俺はあの人についていくことにしたんだ」 「……」 彼がホーネックを慕っている理由が見えた。どうやら彼にはホーネックが天使か妖精に映って見えるらしい。絶対的に信じられる存在、彼にとってはそれがホーネックだった。 サウザンドはヒャクレッガーから視線を外し、遠くを見つめた。彼女の瞳に映ったのは、ただ1つ、悔恨だけだった。 「ヒャクレッガー、私だってホーネックが好きだったのよ。私は彼の強さに惹かれた。知的な頭脳にもね。それだけよ。だけど彼と戦って失望したわ。何が彼を鈍らせているのか、すぐに分かった」 どこまでも彼女は冷淡だ。だが、ヒャクレッガーの言いたいことを少しだけ理解したようだ。 どちらが正しいのか、決着をつける必要がある。それぞれの理想像を掲げて。 「ねえ、ヒャクレッガー。私と勝負してみない? ホーネックを賭けて」 「副隊長を『モノ』みたいに扱うな! それに俺は……」 「あなたが勝ったら、あなたの望みを半分叶えてあげるわ」 「……!?」 サウザンドはヒャクレッガーを縛っていた光のリングを外した。これで彼は自由に動ける。 ヒャクレッガーは勢いよく身を起こし、サウザンドに鋭い眼光を向けた。 「……分かった。その勝負、受けて立とう!」 チサトは懐からビーム手裏剣を3枚取り出した。 「覚悟、ヒャクレッガー!!」 右手に持っていた手裏剣を3枚投げ出す。ヒャクレッガーに向かって飛んできた。 「小癪な! 『マグネットマイン』!」 ヒャクレッガーはビーム手裏剣の軌道に合わせ、『マグネットマイン』を3つ投げた。 手裏剣と爆弾が噛み合い、空中で3回、爆発が起こる。 辺りは煙だらけになった。 しばらくして煙が晴れると、両者共にその姿を隠していた。 急に静まりかえった部屋。中央にある大型コンピュータだけが虚しく稼動している。 果たして2人はどこへ消えたか。 (ふふふっ、ヒャクレッガー。あんたの姿は丸見えよ。このコンピュータの塔の影にいるみたいだけど、白で統一されたこの部屋では完全に隠れきれていないようね) チサトは得意の液体化で、大型コンピュータの隙間に入り込み、影をじっと監視している。 そして彼女はするすると液体化しながら影に近づき、隙をついてクナイを取り出した。 「ヒャクレッガー! 私の勝ちよ!!」 チサトはクナイでヒャクレッガーの背中を斬る。しかし影はゆらりと動き、消えてしまった。 「……?! 手応えがない!? まさか……!」 「残念だったな。貴様の攻撃を予測すれば、俺はすぐにテレポートで避けられる。勝負あったな!」 ヒャクレッガーは大きな尻尾を振りかぶり、チサトの後頭部を攻撃した。電子頭脳を狙った容赦ない一発。彼は本気でチサトを殺すつもりだ。 尻尾の刺がチサトの頭を貫通した。これでヒャクレッガーは勝った……と思いきや、 「うふふっ、これで私を殺したつもり? でもさすがね、愛する人を賭けた戦いとなると、こうも本気になれるんだ?」 なんと彼女は、まだ死んでいなかった。 リキッド・メタルで形成された彼女の身体は、攻撃されても液化すれば、ダメージを無効化にできる。 チサトの頭は液体となって、ヒャクレッガーの攻撃を受け流していたのだ。 「……液体金属か。さすがですね、チサト隊長」 ヒャクレッガーの口調が変わった。彼は彼女を『上司』と認めたらしい。 チサトの身体は頭から順に、液体化していった。透明の意志の持つ流体。物理攻撃を受け流すその性質。 (奴の動きを止めるには……やはり凍らせるしか方法がないのか?) 残念ながら、ヒャクレッガーには氷属性の武器はない。 (どうすればいいんだ。どうすれば…………ん? あれは!?) 液体をよく見ると、透明の枠に包まれた赤い小さな球体がある。あの球体だけはリキッド・メタル以外の金属で作られていて、それは彼女の電子頭脳――コアが入っているのだ。 チサトの弱点を発見した。 ヒャクレッガーは手裏剣を取り出して、コアに向かって投げつける。しかしコアは液体金属を盾にして、手裏剣を弾いてしまった。 チサトの身体が元に戻る。 「惜しい! 残念ねぇ。さあ、あなたならどうする? ホーネックは『パラスティックボム』を取り付けて、液体とコアを分離させたけどね」 彼女は以前、ホーネックと戦い苦戦した。それでも彼女が勝った理由――それは、ホーネックの『情』にあったと言う。 「そうですか、副隊長も甘いですよね。そこが彼のいいところだと私は思っているのですが……。そして貴女も、攻略法を敵に教えてしまうとは、まだまだ甘いですよ!」 ヒャクレッガーは尻尾の繋ぎを分離させた。5つの尻尾のオプションが、彼の周りの宙に浮く。 「……!?」 「私が磁力使いだということを忘れたのですか? 水は磁力を嫌って退ける。鉄は磁力に引かれてくっつく。私の尻尾は強い磁場を放っています。このまま攻撃したら、貴女の身体はどうなるでしょうかね?」 ヒャクレッガーは分離した尻尾をチサトにぶつけた。彼女はダメージを軽減するため液化する。 しかし、ここで異変が起こった。チサトのコアが見つからないのだ。 「何っ……!? 私のコアが消えた!? 一体どこに…………。……はっ、しまった!!」 何と、尻尾の尖端のオプションが、彼女のコアを2本の刺で挟んでいたのだ。 チサトの液体はコアを取り戻そうとするが、磁場が邪魔して届かない。 「か、返せ……!」 「私は容赦しませんよ、チサト隊長……」 ヒャクレッガーはコアを潰しにかかった。赤い欠片が音を立てて飛んでいった。 チサトは半分溶けかけた身体で、ヒャクレッガーを見上げていた。 ヒャクレッガーは彼女を殺さなかった。コアは表面だけ破損しているだけで、中の制御システムは無傷ではないけれど、修復可能な程度だった。とはいえ、今の彼女は到底動ける状態ではない。 ヒャクレッガーは彼女の問いに、静かに答えた。 「……。貴女はイレギュラーではない。それだけだと思います」 しかし彼女は首を振る。 「いいえ、それは間違ってるわ。貴女は冷徹に対処したつもりでしょうけど、無意識のうちに優しさが出てしまったのよ。これもホーネックの影響なんでしょうね……。でもこれだけダメージを受けていれば、とても私は戦える状態じゃないわ。私の負けよ。約束どおり、あなたの望みを叶えてあげるわ。50パーセントもあるかどうか分からないけど……」 チサトは両手を天井に向けた。手のひらから電気が走り、部屋の中央の大型コンピュータが機械的な音を立てて作動した。 すると床から大きなカプセルが現れた。 「このカプセルに入ると、あなたは『私』になれるわ。今の私の『仮面』をあげる。さあ、カプセルに入って、私のデータをスキャンして」 「えっ……!?」 「『チサト』は醜い物体なの。あの赤いコアが本当の私。リキッド・メタルの身体はシグマ様がくれた『衣装』なの」 チサトは少し目を細める。彼女の身体は首まで溶けかけていた。 「私はイレギュラーハンターを辞めるわ。自由になって、いろいろなことを感じ取って、『生きてる意味』を探すの。さすがに『衣装』はあげられないけど、あなたは『仮面』で『チサト』に変身できるようになれるわ。忍び部隊の隊長の座も譲ることになるから、部隊も全て思いのままよ。そしてホーネックも……」 「……そんなつもりではありません! 私の望みはただ……」 「そうね、私の傲慢かもね。残り50パーセントは私の望み。私はあなたを通してまた違った『チサト』を見てみたいの。人を好きになった『チサト』の顔を……」 チサトの身体は完全に流体になった。もう彼女は自分の形を形成する力もない。回復するまで、一週間はかかるという。 彼女は消える前に、別れ際に言葉を流した。 「ねえ、ヒャクレッガー、もし私を許してくれるのなら、ホーネックに『ごめんね』って伝えておいてくれる?」 「……了解しました。それが直接貴女から下された最初で最後の任務でしたら……」 「ありがとう、ヒャクレッガー……」 チサトは床の隙間から、するするとその姿を消していった。 ヒャクレッガーはチサトが残した巨大なカプセルを見つめる。 (チサト隊長……。有難く貴女の姿を頂戴します。私もこれで、甘い夢を見ることができるでしょう。しかし残念ながら、私の本当の望みはもっと遠く、誰にも手の届かない場所にある。決して叶うことのない希望……。私も我儘なのかもしれませんね) イレギュラーハンター本部のロビーで、チサトに変装したヒャクレッガーが、ホーネックに声をかけた。 「チ、チサト隊長……!?」 ホーネックは思わずチサトから視線を外す。 チサトは思い切ってホーネックの腕をがっしりと掴んだ。彼を決して逃さないように。 「ホーネック! こっちを向いて! ごめんなさいっ、私が間違っていたわ!」 これで彼女から命じられた任務を果たすことができた。甘い夢を見られるかどうかは、相手次第だ。 ホーネックはチサトの顔をじっと見下ろす。彼女はいつになく真剣な表情だ。今までこんな彼女に出会ったことがあっただろうか。 恐る恐るホーネックは問い掛ける。 「チサトさん……、今日はいつもと雰囲気違いますね。何かあったんでしょうか?」 チサトは胸がドキっとした。正体がバレてはいけない。ヒャクレッガーはひたすらチサトを演じることに徹底した。 「ふふっ、分かるかしら? ちょっといろいろあってね、自分の間違いに気づいたの。本当にさっきのことは反省してるわ。あなたの気持ちを踏みにじってしまって、悪かったと思ってる」 彼女は申し訳なさそうに、視線を落す。憂いたチサトの横顔。こんな彼女にもまた、ホーネックは新鮮な魅力を感じていた。 罪な女だ。 彼はついつい甘くなってしまう。 「まあ、気にしないでくださいよ。勝手に舞い上がった俺の方も悪いし、それにチサトさんは、イレギュラーハンターとしての自覚と厳しさを叩き込んでくれたんだからさ」 ホーネックは軽くはにかんで笑う。本当にいい人だ。 チサトはホーネックの笑顔に少し頬を赤らめる。 「ねえ、ホーネック……。もしよかったらでいいんだけどさ……」 チサトに化けたヒャクレッガーは、意を決して自分のささやかな想いを伝える。果たして彼は受け止めてくれるのか。 (1度でいい。1度きりでいい。これ以上の高望みはしない。欲張ると叶わなくなるから……。チサト隊長、貴女の身体を俺の小さな夢のために使わせてもらいます!) 彼は――彼女は、真っ直ぐな瞳で副隊長に話題を切り出す。 「明日暇だったら、映画でも見に行かない? たまには2人っきりでのんびりと過ごしましょうよ」 彼女は微笑む。笑うことはよくあるけれど、こんなに無邪気な笑顔を見せるのは初めてだ。 しかもこれは、デートの誘いだと見て間違いないだろう。 なぜここまで彼女は変わったのか。ホーネックは彼女を見つめる。 (……ん? あれは!?) 彼は、ふと、彼女の背後で左右に揺れた見覚えのある尻尾を発見した。 思わず彼は笑いを噛み締める。そうか、そういうことだったのか。 ホーネックはチサトの頭を軽く撫でた。そして返事を返す。 「いいですよ、『チサト隊長』。それじゃ明日9時、個室に迎えに行きますよ」 「ありがとう、ホーネック……。明日楽しみに待ってるわね」 こうして、彼のささやかな想いは叶えられる。 そんな彼らを彼女はそっと見守っていた。そして3日後、彼女は行方を眩ます。 第0特殊部隊隊長、サウザンド・A・チサト。彼女の存在を残しつつ、ヒャクレッガーは影で彼女の代わりを務めることになる。 第一次シグマ大戦が始まるまで……。 | ||
コメント |
<< top << text << novel | << back |