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モスミーノスVSプレイヤー この島に来てから、一体何年たっただろう。 廃退した虚空の景色、無機質な風、命の壊れる音。 海に囲まれた灰色の牢屋に、彼はただ一人置き去りにされた。 生きながらにして屍となり、渇いた大地を這いずり回る。 ここには何もない。 あるのは無人の工場と、山積みとなった鉄の遺体だけ。 彼は記憶をなくし、全てをなくした。 無垢で残酷な子供は、夢の中で小さな物語を紡いでいく――。 レプリロイドのDNA研究をしている科学者――メタルシャーク・プレイヤーは、夢の島の様子が奇妙に騒がしいことに気づく。 廃墟の島に眠る宝を求めて、この大地を踏みしめた彼だったが、島全体の冷たい息吹に思わず身を震わせてしまう。だが、それと同時に興味も覚え、島の正体を突き止めようと歩を早めた。 「イッヒッヒ。何かいるぜ、こりゃあ」 プレイヤーは大きく聳え立つスクラップ工場に入る。 中には誰もいなかった。 無人の機械だけが耳障りな音を鳴らして動いている。一定の命令を与えられたカラクリ工場は、無限に同じ動作を繰り返すだけ。コンベアで鋼の遺体を運び、プレスする。不揃いの林檎たちは単純化され、全て同じ形になっていく。 「相変わらず不気味なところだぜ。しかしこういうところにこそ、いいデータが取れるってモンだ。さて、さっそく使えそうなモノを収集しておくか」 プレイヤーは、捨てられた鉄塊の山へと向かう。 そのとき突然、背後から何者かが襲ってきた。 寄生型メカニロイド『パラロイドR−5』だ。羽音を鳴らして、プレイヤーの背中にくっついた。 強力な電流を流し、制御機構を麻痺させる。取り憑かれたプレイヤーは、身体の自由を奪われてしまった。 「な、なんだコイツはぁぁア!? 小癪なァっ!!」 プレイヤーは痺れる腕を我慢して動かし、パラロイドR−5を自分の背中から引き剥がした。地面に叩きつけ、それを即座に踏み潰す。 グシャっと小気味よい音が響き渡る。 「オレ様に取り憑こうなんざ、100年早ぇんだよ!!」 鼻でフンとあしらい、潰れたメカニロイドを蔑む。 そのとき拍手がどこからともなく聞こえてきた。パチパチパチパチ。 「へーぇ、客人とは珍しい。どうです? 僕のおもてなしを喜んでくれましたか?」 声が聞こえる。抑揚に欠けたレプリロイドの声。誰かいるのか。 プレイヤーは辺りを見回すが、どこにもそれらしいレプリロイドはいない。 すると天井から、丸くて黒い物体が糸を引いて降りてきた。 そいつはプレイヤーの目前に降ってその場に留まる。 彼はにっこりと無邪気に目を細めて、侵入者及び客人を迎えた。 「ようこそ、僕の城へ」 記憶をなくし、どうしてここにいるのか、誰に作られたかも分からないが、名前だけは覚えていたという。 彼の形態はミノムシのように見える。集められた鉄のつぎはぎに全身を包み、素顔を覆い隠している。その鎧は一切脱ぐことはないらしい。 プレイヤーは鉄の蓑に包まれたモスミーノスを興味深く観察する。 「ヒッヒッヒ、コイツは面白そうだぜ。モスミーノスとか言ったな。オメエ、何ができる?」 「『食べる』ことですね。キミなんかも、僕の前ではただのご馳走ですよ。クスクス」 オールドロボットに抱かれながら、モスミーノスは子供のように笑う。残酷なほどに無邪気な子供。釣れたばかりの新鮮な魚を目の前に、思わず喉をゴクリと鳴らす。 プレイヤーの周りには大量のメカニロイドが取り囲んでいた。これから彼を料理するつもりだろう。 しかしプレイヤーは慌てる素振りを見せない。相変わらず熱心にモスミーノスを取材する。下劣な笑みを浮かべて。 「屍喰家のレプリロイドか……。コイツはますます稀少なデータが取れそうだぜ。ヒッヒッヒ、オマエみたいなクズがこのオレ様に勝てると思ってるのかぁ!?」 プレイヤーは右手に持っていたメタルアンカーを天井に向かって放り投げる。 アンカーは天井に当たり、跳ね返った。すると、跳ね返ったアンカーは物凄いスピードで落下し、メカニロイドのボディを貫く。アンカーは床にバウンドし、それでも勢いは止まらず、今度は2匹目のメカニロイドを薙ぎ倒す。 壁に反射して3匹目。床に落ちて4匹目。跳ね返り係数1のメタルアンカーは半永久的にバウンドし続け、モスミーノスの用意したメカニロイドを次々と蹴散らしていく。 そして周りはいなくなる。 プレイヤーは目前の敵を指差して、 「今度はキサマだ!!」 と、宣言。 アンカーは、モスミーノスを乗せたオールドロボットに直撃した。深く脇腹を削られたロボットは、バランスを崩し床へと倒れていった。 「うわっ! わっ、うわあぁぁーーーーーーー!!!!」 乗っていたモスミーノスも一緒に倒れる。丸いボディは床を転げていった。 ふと、プレイヤーの足にモスミーノスの小さな身体が当たる。プレイヤーは逃げようとする彼をふん捕まえ、自分の顔前に彼を持っていく。 「ヒッヒッヒ、オレ様の勝ちだ。オメエのデータ、取らせてもらうぜ。まずはその鬱陶しい蓑を外し、醜い素顔でも拝見させてもらおうじゃないか」 「……!?」 プレイヤーはモスミーノスを包んでいる鉄の蓑を剥がそうとする。鎧は見た目通りに脆く、パラパラとすぐに剥けてくる。黒い塵が床に転々と落ちていった。 モスミーノスは不快そうに身体を左右に動かし、プレイヤーの手を解こうとしている。しかし、もがけばもがくほど、モスミーノスの蓑はどんどん崩れ落ちてしまう。 ついには全て掃けていった。彼を包む殻はもう何もない。 「ほう……」 プレイヤーは思わず感嘆の息を漏らす。 その姿はまさに『天使』だった。4枚の羽を天に広げ、彼は覚醒する。 蝶のように美しく蛾のように毒々しい。『夢の島の堕天使』は、今ここに降臨した。 これがメタモル・モスミーノスの本来の姿。 モスミーノスは不機嫌そうにプレイヤーを睨みつける。 「……。僕の蓑……」 「…?」 「お気に入りだったのになぁ。…まあいっか、また掻き集めて作ろっと。ああ、めんどくさいなぁ。兵隊さんも壊れちゃったし……」 彼はぶつぶつと愚痴を言う。そして、彼が至った答えは。 「……全部キミのせいだ!」 モスミーノスはカッと目を見開く。身体を宙に回転させ、体当たりを仕掛けてきた。風に乗ったスピードは、あっという間にプレイヤーの首を掴む。 「うっ……ぐ………キ…キサマぁ!!!」 状況は一転してプレイヤーに不利になった。余裕をこいた下劣な笑みは、もはやすでに消えている。 モスミーノスはプレイヤーを壁に叩きつけ、そのままの体勢で首を抑えつけている。その瞳に狂気の色が浮かんだ。大切なオモチャを壊され、逆上しているようだ。 「処刑だ、処刑ッ!! 処刑してやるゥ!!!!」 スクラップ工場はレプリロイドの処刑場。死に一番近い場所。 モスミーノスはずっとここで過ごしてきた。誰も知らずに、何もない場所で、孤独に、自分だけの世界を作って。 彼は命の重みを知らない。毎日『死』を見ている。この工場に運ばれ、プレスされるレプリロイドの数々。『死』が日常で当たり前の出来事。 「キミの命も潰れちまえ!! そして僕のエサになれッ!!!!」 プレイヤーの首がどんどんきつくなっていく。モスミーノスの絞める手に力が入る。 「……! ……!」 言葉が出ない。力が入らない。 予想を遥かに超えるモスミーノスの能力。データでは測りきれない力だ。 しかし彼は諦めていない。モスミーノスを見据えながら、再び口元に笑みを浮かべた。 プレイヤーの手からアンカーが滑り落ちていく。 「………っ!?」 モスミーノスはすぐさま手を解き、プレイヤーの側から離れる。 直後、メタルアンカーが下方から二人の間を割って入り、目の前を一直線に通過した。 間一髪。モスミーノスは胸を撫で下ろす。あのまま気づかずにプレイヤーの首を絞め続けていたら、下から襲うアンカーに捕らえられ、重傷を受けていただろう。 「……」 「……」 二人はしばらく睨み合う。 そのときふと、モスミーノスが緊張の空気を解いた。 「もういいや、疲れた。この戦い、やめにしません?」 彼の表情から無邪気な笑みが戻る。 なんとも諦めが早い。潔いと言えば聞こえはいいのだが。 プレイヤーは急な展開に目を真ん丸くし、モスミーノスを見つめる。 「何だよ、オマエ。フザけてんのか!?」 「……。戦うのって疲れませんか? キミが意外と強かったから、僕、疲れちゃいました」 モスミーノスは背中を羽ごと壁に預け、溜息を吐く。 「僕はもう何もヤル気しません。データを取るならご勝手に……」 操り人形を支える糸が切れたかのように、モスミーノスの全身から力が抜ける。彼はその場に倒れ伏した。 「お、おいっ!」 プレイヤーは倒れたモスミーノスに近づく。 データを取るためか、それとも彼を気遣ってか。 まだ、モスミーノスに意識はある。しかし目つきは眠そうだ。 「この姿になるのは、ちょっと早かったみたいですね……。僕が完全に成長するまでは、まだ睡眠と食料が必要みたいです。だけど、もうじき僕は『大人』になる前にキミに殺されちゃうんですね……」 消え入りそうな声。意識は半分、夢の中だ。 「でも、恐くないんだ。死ぬのは眠ることと一緒だから……」 彼の意識はそこで途切れた。シャットダウン、深い眠りに入る。 プレイヤーはモスミーノスを目前に、怒りを込み上げる。 彼の生死の価値観。どうしてこれほど薄っぺらいものなのか。 (『死』と『眠り』が一緒だと……!? いや、違う。眠っても生きていられるが、死んだら二度と生きることができないんだぞ!?) レプリロイドの研究を始めたのは、いつのことだっただろうか。 プレイヤーは遠い昔を思い出してみる。 自分がDNA研究をしたきっかけは、確か、そう―――――――。 (禁忌だろうと、知ったことか! オレ様は不可能を可能にする男だ! 絶対に研究を成功させて、死の壁を乗り越えてやる!) 『死』がどれほど重いものであろうか、彼は実感している。 長い年月で忘れかけた想いを、久しぶりに呼び覚ますことができた。 モスミーノスは許せない。いや、無知ゆえに可哀想なのかもしれない。 「……フン。キサマのようなクズはデータを取る価値までもない。オレ様のとんだ見込み違いだったぜ」 眠っているモスミーノスを一視蔑むと、くるりと踵を返し、工場の出口へと向かっていった。 外はもう、夕方だった。 海の風が少し冷たい。水平線を軸に、赤い夕日が丸く映っている。 貸しボートが岸に一つ。 プレイヤーはボートに乗って、夢の島に別れを告げた。 モスミーノスは寝ぼけ眼でむくりと起き上がる。 自分の手足を見て、蓑を着ていないことに気づく。やっぱりアレは夢ではないらしい。 「何で僕、生きてるんだろう。まあいいか。さて、また新しく物語を紡ぎ直そっと。今度はもっと楽しい話にしたいな、あははッ」 昔むかし、お姫さまが魔王の城にとらわれていました。 王子さまはお姫さまを救うために、魔王の城に乗りこみます。 王子さまは魔王の手下を倒して、頂上にたどりつきました。 そこには魔王が待ち構えていました。 お姫さまはかごの中に入れられています。 王子さまは魔王と戦い、お姫さまを救い出しました。 王子さまはお姫さまを連れて、魔王の城から脱出しようとします。 しかし、お姫さまの様子が変です。 なんとお姫さまは、怪物に変身してしまいました。 本当の魔王はお姫さまだったのです。 王子さまはお姫さまに食べられてしまいました。 チャンチャン。 クスクスクス。たのしいなっ。 堕天使は今日も幻想に浸って遊ぶ。 彼には生きる感覚さえも掴めていない。 | ||
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